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トップハート物語(3463)立志伝敢闘編
17/04/27
2010年(平成22年)10月中旬。
色々な遣り取りがあり、権威のある団体や企業に話を持って行く事が大事だという。
 「私は、社会福祉法人の団体や専門学校の団体の長とは懇意にしている。しかし、専門学校に協賛の話を持って行ったらアイデアだけ取られてしまう。」
 そんな事を言っていた。
私は、日本の旅行業の最大手の窓口とは話し合っていると言うと、その最大手のトップと懇意だからという言葉があり学部長の
 「佐藤さんが言い出しで自分のアイデアだし、あくまでも中心となって行くという考えを持たないと駄目だ。これをもう少し具体化して、資料を作ってくれれば、我々が一緒にその会社に行って一緒に遣ろうと声を掛けましょう。そして、具現化して行きましょう。」
 そう言ってくれ、1時間半に亘った話し合いの結論が出た。
 私は、あくまでこの不況の内需を喚起するように帰結があった。そのひとつのワーキンググループに、私或いは当社が入って居る事で満足だったのだが、そうではなく私が中心となって遣れと言われてしまった。
この段階では、フリーハンドで決めて行こうとしたのに、私に全部決めて具体化して計画書を出しれくれとなった。
 「佐藤さんだから出来たんで、他の人出は無理です。」
 という、学部長のお立てに乗ってしまった。
 就職支援まで行かなくても、途中でも仕方がない。その先がまだあるのだからと、失敗ではないと思って自分の構想を2週間程度かけて作成する積りだ。最大手の旅行会社への足掛かりは出来た。
その会社が関わる事になれば、もっと異業種との係わりが出来るかも知れない。何か躍動感のようなものを感じて、ホッとした。
 待っていてくれたNPO常勤理事の智子さんと、近くのサンマルクで昼食を摂った。そこに、電話連絡で借りている駐車場の10月分の支払いがなされていないと連絡があったと、事務所からの連絡に慌てて2カ月分振り込んだ。
その足で、いつもの百貨店に行って珈琲を飲んで買物を控えめにした。
 5時に、先日来入院している利用者に面会に行った。利用者夫婦の夫が脳内出血で入院して、重度の認知症に侵されている利用者が一人になってしまった。一人での生活が難しく、24時間対応をしたがその間ショートステイに入所する事が決まった。
ところが、契約者たる利用者が重度の認知症で契約の理解が出来ない、契約する位置に居る夫は脳内出血で重篤な状態で署名は無理。そこで、隣県に居る息子を訪ねたが署名拒否。困ってしまった。
それをどう打開するか、これからの事だが口頭で入院中の夫の了解を貰うのと、病院の方から
「無意識に管を手で撥ね退けるので拘束の署名をお願いします。」
と、求められていた。
 口頭では、了解を貰ったが、脳内圧を低下させるためにパイプが頭蓋骨に穴を開けたまま入っているし、言葉が理解できても自分では言葉をはっきりと発する事は出来ないし、まだICU室に居り座位も無理だしましてや指が動かないので署名は出来ない。
困ったまま、主治医の話を聞き戻った。
 その業務の中で、ヘルパーの身勝手な行動が問題になっている。勝手に、認知症の奥さんの支援で対応していたヘルパーが勝手に親族に電話して、夫の脳内出血などの話をしたのだ。
余計な事を、出しゃばってしたので、親族間から一番問題の息子にそれぞれが電話をしたようだ。余り親父に関わりたくない息子は激怒して、私に度々誰がどこに電話したのかと聞いて来る。
その身勝手なヘルパーは責任逃れのために、認知症の奥さんのせいにしたり、近所の夫婦が懇意にしている方のせいにしたり。誰に電話したのかというと、一人しか言わないが、受けた本人から当社のヘルパーから電話があったと他の親族も言って来るので本当に何人に電話したのか不明だ。
 夜は、職業訓練1期生で卒業した生徒が起業をしたので挨拶に来た。どうも、内容が問題だ。起業に対する助成金を受けるために、名前だけの申請をしているようだ。介護福祉士の登録者証を貸してくれなどといかがわしい事を言う。
また、実習型雇用の申請をしているようだが、助成金より低い金額で採用して差額を得ようとしているようだ。
 10月から始めたのだが、まだ利用者は発生していない。資金が回らないと盛んに言っていたが、大変だなという言葉を言う他ない。私には、援助する気持ちは全く無いのだが、2時間も粘られた。
色んな資金援助の話があるが、どれも乗らない。8時過ぎにやっと部屋に戻った。その受講生に
 「この部屋に泊って居るんですか。」
 と、事務所を指して言われた。

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