お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(3462)立志伝敢闘編
17/04/27
2010年(平成22年)10月中旬。
今日の日は記念になるか。今日の大事な1日は、私の頭の中にあるものを出して理解を得て、地域社会に広める事だった。困難な生活を送って居る利用者の困難が、極めて困難になり時間を費やした。
本当は、この土曜日日曜日はプレゼンの為に時間を取り資料作成をする積りだった。だから、帰省の予定を延期して備えたのだ。それが、私が抱える最も困難な利用者家族が、過酷な状態に陥り、私が動かざるを得なくなった。
医療機関や家族間の調整、それも隣の奈良県まで足を運んでの事だったり、総合病院にて何度も呼ばれて署名などを拒否する家族に代わって説明を受け、書類に署名する。一人残された、認知症の妻をどう24時間対応するかなど、走り回った。
それに加えて、毎日職業訓練講師や就職支援などのメニューをこなし、そして、毎週の楽しみの百貨店への食料品購入をするなど24時間では時間が無く苦慮した。
 この朝も、早くから資料の点検や入れ替えなど準備をしていると、新人ケアマネジャー宏美さんが打ち合わせに来た。その顔を見て
 「今日は駄目だぞ。これから大学に行ってプレゼンテーションだから。」
 そう、冷たく言い放った。
とにかく時間が欲しい。
 10時半の約束だったので、9時に事務所を出た。30分ほど早く着きそうなので、途中でモスフードに立ち寄って精神を落ちつけた。10時20分、大学の玄関で事務局長の携帯に電話して会った。
そのまま、広いキャンパスを抜ける。男性は野暮ったいが、女子学生にまるでアニメの世界から抜け出たようなコスチュームで歩いている者が居て、しばし目を時々逸らしながら見とれていた。
大学ひとつの会館の9階経営学部長室に行った。このキャンパスの生徒が1万人も居ると聞いて驚いた。立ち会いは、学部長と観光ビジネス科の主任教授、そして事務局長だ。
 簡単に挨拶して、資料を出した。私が、簡単に自分の素性と会社の説明をした。説明資料は、ホームページからの抜き出したもので一点一点説明をしようと思ったが、話を半分聞きながら資料をめくって聞いているのか居ないのか分からない。
突然、主任教授から鋭い指摘があった。私は、基本的に地域社会に貢献するとのポリテク埼玉介護サービス科の卒業時に掲げた気持ちをやっと実行する時期が来たので、そのプランを発表したのだ。
しかし、その捉え方を懸念していた。現実的な事業に携わっている私と、机上の上だけを論じている教授との精神の乖離。それに、自分の地域貢献という精神がゆがめられて受け取られる懸念だ。
 その両方とも、最初は思った通りだった。つまり、
「自分の会社にメリットがあるだけで、利益を生み出す一助にしかならないのではないか。目的はそこにあって、その他は手段でしかない。」
という訳だ。
 「株式会社やお宅のNPOが入って居ると、遣りにくいしどこも話を聞かない。特に、公的な組織は認めない。市とか大学とかも。」
 「私は、自分の会社がどうのこうのという考えはない。だから、ほとんど何も決めずにデータと基本的な考えだけを出して、後はこの大学とか市役所、商工会議所などが加わって一緒に考えてきちっとした制度の繋げて行きましょうという考えなんです。」
 そんな考えを何度か言った。
そこで、学部長が言った。
 「事前に概要の話があった時に、主任教授とこれはものなると話をしていたんです。」
 と、口を挟んでくれた。非常に面白いと。
 ただ、私の
 「これが制度化されるためには、広く認知されないと行けない。その為に、こちらの学生が必要なんです。一人でも二人でも、ベンチャービジネスに挑戦して、各地に散って行って実施する事が必要なんです。」
 「いいですか、大学が学生に起業しろなんて言えない。就職するだけでも大変で、有名な大学の生徒が自分の考えで起業したがうまく行かずに、何年も就職出来ないでいるという現状もある。」
 そんな無責任な話には乗れない、という訳だ。
 しかし、
 「この話は、地域や大学などの小さな世界で実施するものではないと思う。制度と就職というものを連動するのは非常にいいとは思うが、これを分離して遣って行った方が良いと思う。」
 そう二人の意見が一致した。
 それについては、異論があったのだが進めるためには、まずその方達に参加して貰う事だったので、前段の方でひとまず進めてもいいと思った。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報