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トップハート物語(3457)立志伝敢闘編
17/04/23
2010年(平成22年)10月中旬。
 今日は、本来なら自宅のある大宮に帰省するか、故郷仙台へ久しぶりに行くか迷っていた。ところが、先日、以前から大東本社近くの大阪経済大学に対してこれからのビジネスと地域活性化の提案をしていて、何とか一緒に考えて実現して行けないかと、打診していた。
これは、観光ビジネス科を経営学部の中にありベンチャービジネスも育てようとしている大学の方針とマッチするので何とか実現出来ないかと、お盆前からお願いしていた。その返事が、やっと来て19日火曜日に時間を取って暮れて、経営学部長、観光ビジネス科教授2名と、事務局長が立ちあう事になった。
その為の、資料を作らないと行けないと土曜日日曜日のスケジュールをキャンセルして、事務所に籠ろうとした。
 しかし、昨日、利用者の緊急対応が発生して、病院と家族などとの行き来が全ての時間の仕事となってしまった。
 「今日の夜が山場ですけれど、緊急事態が起こって深夜の連絡をしても大丈夫ですか。」
 そう執刀した医師に念を押された。
 家族は、妻が認知症で一人では生活できないまでになっている。息子は、親との軋轢に病院まで来たが、手術前の医師の勧めにも頑として聞かずに父親との面会を果たす事はなかった。
「全て、ケアマネジャーに一任します。」
との言葉に、医師もそれに従ったのだが、やはり異常事態が起こる可能性を否定出来ずに、何度も私に、それでいいのか確認をしたのだ。
 認知症の母親を、どうするかが問題だったのだが、その事も私に一任という事になり、ショートスティを探して緊急に対応して貰う事を思っていた。地域包括支援センターによい知恵がないかと相談、結局市役所に相談して、私が打診していたショートスティを推薦して来た。
やはり同じ考えだと思って、進めていた返事が来た。明日夜から、10月一杯は大丈夫との事で一安心だった。この夜だけは、ヘルパーさんに泊まって貰い認知症の妻を見守って貰った。
しかし、その夜、息子さんから電話があり、
 「付き添っているヘルパーが親族に電話を掛けまくって、現時点で伏せてある親父の状態を連絡しているらしいが、一体どうなっているんだ。」
 と、強い抗議があった。
 直ぐに自宅に連絡した。あれこれと言い訳して利用者のせいにしたり近所の人が来て掛けろと言ったと、相変わらず余計な事をして問題を引き起こすヘルパーだった。
 この日の朝、また、息子から電話があり、あのヘルパーの電話の件は、どのような経緯でしたのか分かったかと聞いて来た。
 「色々言い訳したり、他人のせいにしたりしていますが、勝手にした事は本当に申し訳ありません。一番利用者が信頼していて、一番傍に居て安心するヘルパーさんで、申し訳ありません。」
 と、何度も謝った。
 その後も、介護管理者から朝の報告などを受けて、8時半に事務所を出た。脳内出血で重篤な状態で予断を許さないので、深夜異常が発生した時には連絡が来るという事だったのだが、来なかったので安心して入院している記念病院に向かった。
9時に主治医との面談約束だったのだが、処置などの予定が遅れて、結局10時の面談になった。その間、携帯電話が使用出来る談話室で待った。介護管理者から、
「奥さんは、無事デイサービスに出発した。」
との報告があった。
その直後、問題の身勝手に電話しまくったヘルパーさんから電話があった。
 「無事出発しました。」
 知っているので、返事も手短にして、管理者が報告して来るのに何でヘルパーが連絡をして来るのか。
 それは、いつも問題を起こすと、私がどのくらい怒っているのか様子見で掛けて来るのだ。そのほか、
「病院に持って行くおむつなどを購入して病院に持って行きます。」
と私に報告する必要のない内容を話しても、私が打ち解けているようないつもの態度ではないと悟ったのか、昨夜の親戚に勝手に電話をしまくった事を自分から話し始めた。
 「利用者が一番信頼している近所の方が来て、掛けろと言って掛けさせて、私に代わって説明をしてくれと言われたので、私が説明をした。」 
 というような言い訳をまだ言っている。誰も信用していない。

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