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トップハート物語(3453)立志伝敢闘編
17/04/21
2010年(平成22年)10月中旬。
困難な利用者、つまり、新人ケアマネジャー時宏美さんに荷が重い利用者は移行せずに私が担当している。その中で、夫が妻を気使いいつも一緒に居たいという気持ちが強く、あそこが痛いと言えば病院、ここが痛いと言えば病院に連れて行く。
現在で5か所の病院から25種類の薬を手に入れて、薬まみれで体調が悪くなるも、全く医師の助言や注意を聞かず妻に服薬し続けて、それだけが原因という訳でもないのだが体調が常に悪い。
その後、パーキンソン病や認知症を患い通院するも、薬の整理をしない限り受けられないと診療拒否。その主治医が必要性の無い薬を出し続ける。私が、止むにやまれず主治医に問い質すと、
 「どれも必要が無いけれど、患者が欲しいというので出している。」 
 そう平気で言う。
 夫にとっては、薬を出す医者が自分にとってはいい医者となる。
 もう匙も投げて、担当を下りようとした事が何度もあった。子供と疎遠になり、
 「佐藤さんの言う事しか聞かないので、是非息子に実家に顔を出すように声を掛けてやって下さい。」
 と、何度も懇願する夫。
 昨日、
 「佐藤さんの言葉を受け入れて、薬を7種類止めました。そうすると、妻の寝たきりだった足もよくなって、少しでも歩けるようになったので押し車かなんかを借りて、散歩させたい。」
 そう言われたので、カンファレンスを開催した。
 しかし、レンタル事業所、訪問介護、デイサービスなど出席者が反対を唱えた。やっと動けるようになった段階で、デイサービスでも転倒し病院に運ばれたり、室内転倒を繰り返すようになった。シルバーカーなんてとんでもない話だった。結論的には、
 「年老いた旦那さんが、支えて歩行をする事は充分危険が予知されるので、ヘルパーさんが家事を早目に終えて、5分とか10分程度近所を手引きや支えて散歩する。短時間なので、身体介護に当たらないから。」
 そんな結論に達した。
 持論や要求を絶対曲げない夫は、殊勝にも結論を尊重すると物分かりのいい態度を示した。いつもと違うのは、私の言った薬を減らす事によって妻の動きが良くなった結果と受け取っていた。
 そして、この朝を迎えた。カンファレンスを4時半から開催した翌日の朝だ。まず、第一報は新人ケアマネジャー宏美さんだ。居宅介護支援事業所の転送電話が彼女になっている。時計を見ると、8時になろうとしていた。
 「訪問しているヘルパーさんから、家族が見当たらない。家の中は散らかっている。何時も、朝散歩している時にはそんな事が無いと言って来た。近所を探しているが見当たらない。もし見つからなかったら、帰っていいかとの問い合わせです。」
 「時間があるのだから、もう少し探すように言って下さい。」
 脳裏をかすめたのは、昨日のカンファレンスで夫の意見を否定した。
 人一倍、プライドが高い夫だから、何か不穏な行動を取ったのではないだろうか、という事だった。
 その時の、様子を後からヘルパーに詳しく聞いた。
 「いつも、散歩に行っている時があったり、深夜まで奥さんが認知症で騒いでいるので、疲れて夫婦で眠って居たりしている。声を掛けて戸を開けると返事は無かったのですが戸が開いていたので台所に直接向かいました。朝食を作って、声を掛けると家が雑然として、衣服が散乱していました。鍵が落ちていたり、貴重品のバックが落ちていたり。」
 そんな様子だったのだ。
 その新人ケアマネジャー宏美さんの電話の直後、遠くに居る息子さんから電話だ。
 「親父が倒れたそうなんですが、何か連絡が入っていますか。」
 「いや、夫婦が見当たらないとヘルパーさんから連絡があったのですが、その情報はどこから来ました。」
 「近所のお店の息子さんが私の会社の関係なんです。会社に連絡があり、会社から私に連絡がありました。」
 「分かりました、近所のお店にヘルパーさんを向かわせて、どこに運ばれたか聞かせます。」
 もう少しすると、再び、息子さんから連絡が来た。
 「記念病院の医事室から電話で、親父が運ばれて意識不明なのですぐ来てくれと。」
 「分かりました、直ぐに記念病院に向かいます。」

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