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トップハート物語(3448)立志伝敢闘編
17/04/19
2010年(平成22年)10月中旬。
 これが、社員教育だ。そんな思いをして、自分を納得させた。
 簡単に部屋で食事をして、銀行に向かった。ヘルパーさんへの入金だ。終わった後、いつも行く京阪百貨店の地下に行って、コーヒーを飲んで買い物をした。
いつもの火曜市なのだが、夜は研修のためにホテルに宿泊し夜飯を自室で食べないので、いつもより少なめに買い物をして自宅に戻って、睡眠時無呼吸症候群の治療機器とパソコンを持って宿泊するホテルに向かった。
職業訓練で施設見学を受け入れてくれた施設近くに宿泊するのだ。30名の受講生を引率するのだが、遅れたのでは示しがつかない。このような、目で見る体で覚えるなどの教育をして、まだ3期90名途中退学は無い。
 昼間、利用者あて電話を掛ける積りで間違って、息子さんの携帯電話に掛けてしまった。利用者の夫は困難な性格で、市や地域包括または大小の無数の病院も手を焼いているというのを通り越して、もう相手にされない。
救急搬送の受け入れもしない。薬は色んな病院でもらうので大量に飲ませて、体調に支障をきたし、病院もその薬を調整しないと責任が持てないので、と受診拒否。
 そんな中、間違って掛けてしまった。出られなかったので安心したのだが、時間がある程度過ぎると、何度も掛かって来た。私は丁度、ヘルパーさんの入金でATMに向かっていて出られなかった。
それでも、3度目には出た。仕方が無く、
「夫が利用者に虐待を働いていると、デイサービスから報告があり、その旨、地域包括支援センターを通じて、市役所に届け出た。」
事を説明した。
それも、一度ではなく数度に亘る事、薬の大量服用で体調を崩し始めている事。医師から、今後に責任が持てないと拒否されている事。頑固で、全く他の者の助言を聞き入れない事などを、今後起こる可能性がある最悪の事態を想定して、静かに話をした。
しかし、息子さんは以前から強面の、怒り出したら止まらず殴り合いになる可能性があるので、興奮して
「今から親父のところに行く。」
という言葉を一旦聞いてから、静めて
「何しに行くのですか。」
と、聞いた。
「ドツキに行く。」
と言うので、
「そんなことをしても、何の解決にもならないです。行くだけ無駄になりますよ。」
「それだったらどうしたらいいのか。佐藤さんに、お願いしますと言っていいのか。」
「だから、何度も危険性などをの話をして受け入れるように、努力して居るんです。」
などと、現在の対応を話した。30分も話をして
「はっきり言って、仕事だと思わず、もうどうなってもいいですから放って置いてくれますか。もう諦めています。」」
「そんな訳に行きません。そういう方の為に、制度があり私たちが居るんです。物事、いつでもうまく行くならケアマネジャーなど要りません。」
そう言って、ある程度納得してもらった。
「それじゃ、佐藤さんにお世話になります。」
 その言葉で、一応話は終わった。
 ホテルの部屋に入り、まず2本電話をした。
 最初は、今月社員を連れて行く予定だった仙台の先輩あてだ。折角私たちの案内の予定して貰い、スケジュールまで作ってくれたり、観光地のパンフレットまで送ってくれたのに、社員一人の家族の病気で延期になってしまった。
その報告と、12月に行くとの連絡だった。
 続いて、50代の男性求職者への最終面談の為の連絡を昼間したのだが、携帯での連絡は付かなかった。
あとから求職者から電話が来て、
 「出掛けていたものですから。」
 と、の返事があったが、出掛けて居ても携帯は持っているのだろうから。
そんな事を思っていた。面談をしたかったのだが、その機会が得られないようなスケジュールになっているので、電話で仕事の内容を話しようと思ったのだ。
6時45分頃に電話したが、留守番電話だった。正式面談の日も、道が分からないと連絡が来たようだった。これで、仕事が大丈夫だとは思えない。私が面談した時の印象は、無理だという事だ。
ケアは無理のようだし、営業も無理だ。事務をしたいと言うが、それはもっと無理だ。現在の、高学歴や嘘つきせんと君だけでも手に余るのに、また加えたらどうしようもなくなる。
 仕事の話をして、諦めて貰おうと思っている。

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