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トップハート物語(3431)立志伝敢闘編
17/04/09
2010年(平成22年)10月初旬。
「実は、子供が小さく手が離れないので、平日の休みは取れないんです。何とか親に面倒見て貰うにしても、1日が限界です。」
 「そうか、それだったら考えないと行けないかな。」
 もう一人の社員は、自分の感情や思いを表に出さない性格なので、どうしても彼女の事情に左右されてしまう。その彼女に聞いた。
 「どうする。」
 「私は連れて行ってくれるなら、いつでもどこへでも。」
 「それじゃ、もっと遅らせるか。12月のクリスマス辺り。」
 「その前後は、障害者のクリスマス参加かなど行事が重なって、私じゃないとケア出来ない利用者も居ますので、それも避けて貰わないと。」
 そんな訳で、あれこれと検討したが結論は出ない。
 私は、先輩に既に日程を言って休みを取って貰った手前、どうやって収集したらいいのか分からないが、このまま押し通す事は出来ないと判断した。
 「それじゃ、12月に延期という事でまた具体的な事は11月に話し合おうか。」
 そう言って、1時間後に収拾した。
 部屋に戻っても、先輩との約束が反故になるのでどう纏めて行ったらいいのか苦慮した。いっそ、2班に分けて10月組と12月組にしようかとも思っていた。彼女ら2名が行けば、一旦終わる。次からは、2回目に成り大先輩であるこの会社立ち上げ以前から働いている居宅支援事業所の管理者の菊ちゃんとNPO常勤理事の智子さんにまた回って来る。彼女らは、
 「やはり先輩のⅠ期生から3泊4日で、私たちは1泊2日で結構です。」
 そう言っていたが、
 「会社は順調で、段々良くなって来たので増やして来た。今年は特に利益が大幅に見込めるので、それに見合った旅行を計画した。」
 そう言ったが、何の打開策にも成らなかった。
 朝から、いつものキラキラ目の玉緒ちゃんが訪問して来た。集金と経費請求処理が終わり、現在困難事例となっている利用者が24時間体制から、以前のシフトに変わる事についての懸念を口にした。
 「俺もそう思うが、いつまでも24時間体制は続かないだろう。本人にも自覚を持ってして貰わないと、周りが潰れてしまう。幾ら掛かっても自費で支払うと言っても、いざ金額を示されると色々不満が出て来る。」
 そう言って、取り敢えず10月1日からの体制を戻して家族介護の時間以外の当社の援助は十分気遣い対応するように指示した。
 次は、新人ケアマネジャー宏美さんだ。色々のトラブル中心の相談だ。何度連絡しても、会えない利用者家族。
 「今までは電話を掛けて留守番電話に入れると、必ず返事が来たのに何週間も返事が来ない。何かあるんでしょうか。」
 「時々、介護疲労で娘の処に行ってしまう。また、暫くすると戻って来るだろう。夫が縛りを掛けて外に出さない。だから、ストレスが大分溜まっている。」
 「自立支援の計画書は半年が限度なんですか。」
 「そんなことないよ。」
 「しかし、地域包括支援センターから、半年以上の計画書はおかしいと言って来たんです。」
 「それだったら、認定期間は半年以内で出せば良い。その状態がその期間続くと認定している訳だから、その期間に合わせた計画を立てればいいだけだ。変化があったら、新たな計画を立てればいいじゃないか。最初からそんな事言うなら、認定をその期間に合わせるように言えばいいじゃないか。」
 そんな事を話したり、
 介護サービス情報公表制度の調査資料をどうするかの話しをして、帰ったがその後何度も来た。
 また、議員から就職のあっせん依頼が来た。
 「50代後半で朝早い仕事をしているが、それ以後と夕方を除いた空いている時間に仕事がしたいらしい。介護があるんじゃないかと思って連絡させて貰った。」
 今回は無理だと言って返事をした。
資格を持っていないうえに年齢的なものもあり、ちょっと無理がある。
 50代の求職者といえば、先日、研修センターの人材が不足しているというので、入れ替えを模索する過程で求職応募がハローワークから来たのでどうするか、研修センター責任者にゲタを預けたが、返事がない。
「早く返事をしてあげないと、悪い。」
と言った筈だが返事がないのだ。
困ったものだ。相手の事を考えてあげないと悪いので、今回は不採用との手紙を書く積りだ。少し経歴に興味があり、触手が伸びたのだが断念する事にした。

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