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トップハート物語(3426)立志伝敢闘編
17/04/05
2010年(平成22年)9月下旬。
50代の男性の求人に対する応募があった。私どもは、助成金を受けられるように求人をハローワークに出している。だから、私どもが受け入れるのは助成金がある人に限られている。
その対象者が、最近連続して採用したので満杯になっていた。その応募の連絡を受けた時に、最初は私がいつものように面談する事にしていた。暫くして、気が変わった。どうせ、採用する気が無いのに面談して気を持たせては申し訳ないと、希望勤務地として大東本社を求めていたので本社管理者にその任を委ねた。
終わったとの連絡と履歴書とハローワークからの紹介状を受け取った。いつもなら直ぐに、ハローワークにその結果を通知するのだが、一寸間を置いた。
 それは、嘘つきせんと君の勤務が最悪の限界で、現在手伝わさせている研修センターの責任者が
 「私も何度かキレ掛かっていますからね。」
 そう言って来たのは、昨日だった。
 その嘘つきせんと君の仕事に対する無責任ぶりは、はた目から見ている時には面白いが、いざその管理をする当事者となるとキレてしまう。多くの人が仕事を依頼しなくなり、本人はそんな事お構いなし。
ついに先日、
 「もう当社もお前に関わっている限界だから、直ぐにとは言わないから暫くしたら他の自分に合う職場を見つけてくれないか。」
 そう、退職勧告をしたのだ。
 その事があったので、新たに応募して来た人物を簡単に断れないともう一度考え直したのだ。それだけが理由ではない。履歴が気になっていたのだ。確かに、役員経験などの履歴があるがそれではなく、新事業や企画や営業などの経験だ。
勿論、言葉では何とでも書けるので、本当かどうか出来るかどうか分からない。それでも、エクセルやワードを駆使して営業管理や人事管理をしていたという経歴だったのだ。業務経験としては魅力に欠けるが、研修センターの拡大の為には、パソコンを駆使出来る人物が欲しいのだ。
その任に堪え得ると思われる人材が、現在の職業訓練の生徒の中に居るのだ。
 その者の卒業が11月で、実習型雇用の対象となるのは卒業後一月以上職が見つからない場合だ。そうなると、来年の話になる。来年まで待てるのかどうか。それが問題だ。
 職を見つけると言えば、我が家の次男が昨年末をもってそれまでの職場を去った。IT関係の仕事をしていたが目を中心に体調を崩して退職した。
その時の言葉は、余裕があった。
 「出来れば、うちを検討してくれないか。」
 IT関係の業務が殊更遅れているので、その事に精通している者が居れば鬼に金棒だ。そう思うのと、彼のこれからの職を探す苦労を思ってだった。ところが、返って来た言葉は
 「ひとつの検討する中に入れて置きます。」
 そう言われて、私としては冷めた。
 私のプライドもあったのかも知れない。いつもそうだが、選ばれようと思わない。他にいい処があるならどうぞ、という冷めた感じだ。それから数カ月、決まらない。
彼も焦って来たようだ。私との面談をした直後、当社に来たい、後継として真剣に考えるという言葉を振り切って、
 「俺の後継は要らない。無理だ。色んな事が多過ぎるし、何の経験も無いお前がやってもひと月も持たない。」 
 そう返事をした。
 それから、相当日が流れていたが、全く音沙汰も無くなった。彼の精神は、脆い。
「声を掛けてあげないと駄目になる。」
と以前母親が言っていた。
その思いがあったが、結婚していて妻も居る。もう、私から離れているようなものだ。我慢をして、その朗報を待った。
 仕事をしている時に、携帯電話が着信を告げた。着信名が次男からだったが。決まったかなと思って、
 「どうした。」
 「やっと決まったよ。」
 「どんな仕事だ。」
 「前と同じIT関係だけれど、営業もあるし企画もある。だから、前と違ってずっと座っている事も無い。面接の時にそのように言ったので、そのような職場になった。」
 「本当か、それは良かった。何かする事があるか。」
 「保証人が必要なのと、納税証明書が必要になる。それを準備して貰える?」
 「分かった、直ぐに準備するから。俺は、大宮税務署になるから平日戻らないと行けないな。その時に連絡するので、時間は取れるか。」
 「11月から勤務だから、10月ひと月は勉強三昧だから大丈夫。」
 そう言って、暫く仕事の話をしていた。

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