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トップハート物語(3421)立志伝敢闘編
17/04/03
2010年(平成22年)9月下旬。
自宅のお風呂とトイレは、長い間最新式に改修するように言って、やっと気持ち良く入れるお風呂とトイレになった。風呂は特に湯船が広くなり、バリアフリーでやわらか床も素材になり、心地よい。
あれほど入りたがらなかった自分の家のお風呂に、自分でも可笑しいと思うくらいに進んで入りたくなり、長く浸かっていた。休養に来ているようなものなので、どこかに出る訳でもなくソファに横になって眠ってしまった。
 電話が来た。職業訓練の受講生で、起業するという彼からだった。鍼灸師の資格を持って、それを生かしてヘルパー業もという考えだ。その鍼灸も、うまく行くのか、
「試験的に当社の研修センターを利用して無料で体験的なPRをしたらどうだ。」
と言う私の考えに沿って、遣ろうといいう事になり
「その研修センターを見たいんで、これから行ってもいいですか。」
という事だった。
 「悪いな、俺は今埼玉の自宅に居る。」 
 「本当ですか、今そこに居るんですか。何とグローバルな。」
 などと、大げさに驚く。
他の日に遣る事になった。
 続いて、テレビを見ていた仙台の先輩からメールだ。ある経済番組で、地方の介護事業が東京に出て凄い勢いで伸びているというものだ。その、企業の戦略はデイサービスで、半年で満員になったと言う。
その内容は私も見ていた。大きな繁盛する理由として、デイサービスでリハビリをしているというものだった。それはどこでもしている事で、何の目新しい事も無いと思って見ていたのだが、先輩としては私の少しでも参考になればと、その内容を情報として送ってくれた。
 昼食を食べずに、家を出た。妻は料理が大嫌い。家で食べる気はしないし、外で食べるまでも無いと思って今日は遠慮した。ホッとした妻の顔が恨めしい。
前には、弁当を作って持って行った事もあった。自分で作って帰りの新幹線の中で食べたのだ。しかし、それも止めた。長男に車で1、2分ほどの駅まで送って貰って東京駅に向かった。
東京駅ではお土産の選定が大変だ。あれこれ見て、駅地下の店で買い求めて新幹線に乗った。こうして、余裕を持ってグリーン車で往復できるとは夢にも思わなかった。新幹線の中では、週刊誌を読み1時間眠ってから、パソコンを出した。
1時間ほど打ち書類を作って、新大阪駅に着いた。
 いつも、NPO常勤理事の智子さんが車で迎えに来てくれるのだが、時間に間に合った事はない。通常の勤務も同じだ。メールで、5時に着くと連絡したが本当は5時6分だった。そうしても、どうせ遅いだろうと思っていたのだ。
と到着間近に
 『何時に着きますか』 
 と、送信すると
 『いつもと違って、もう着いています』 
 と、返事が来た。
それで、実は6分だからまだ着かないと連絡したが、返事が来ない。やっと、駅に着いて、改札を出て駅中央口の階段を下り始めると、車が見えた。それに向かって行くと、横の視界に見慣れた顔が見えた。
彼女だ。しかし、その横に見慣れない顔がある。不思議に思って声も出ない。
 にこにこ笑って、何も言わない。どうしたんだと言うような顔をしているとやっと、
 「友達です。」
 「ああ、そうですか。わざわざお迎えありがとうございました。」
 そう言って、何故ここに居るのか不思議にも居ったのだが、
 「今まで一緒に居て、これから彼女は出掛けるけどここまで一緒に来たいと言うので、連れて来ました。」
 「それなら、途中まで一緒に行こうか。」
 と言ったが、
「他の交通手段で行くので。」
と言って、駅中に足早に消えた。
 二人になると、やっと説明をした。
 「彼女が、どうしても社長に会いたいというので連れて来た。前から、社長に絶対会わせてと言っていたので、今日は婚活パーティの打ち合わせで気合ってずっと話をしていて、彼女と一緒に行く事にしました。」
 そう返事をした。
 実は、私が今度事業として婚活を考えているのでどんな形式でするのか様子を見て来て欲しいとお願いして、
「会社で参加料を負担するので誰かと一緒に参加するように。」
と、言ってあった。
今まで彼女の参加したのは、3000円程度で余り進められないようなものだったのだが、今回は一流ホテルで開催するもので、彼女に参加して貰い、そのシステムなどを知りたいのが目的だった。
その為に、会社が負担する事にしたのだが、どうしても友人と一緒にというので、彼女として同じ環境にある友人を誘ったのだ。
 6時に事務所に戻って来て、仕事をして7時に部屋に帰った。今度の休日は、仙台にでも行ってみようかなと思っている。


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