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トップハート物語(3407)立志伝敢闘編
17/03/27
2010年(平成22年)9月中旬。
就職で仙台を出る事が決まった時期に、何度も口ずさんだ「悲しくてやり切れない」を聞いたが、今はそのような気持ちが無くなっていた事を思った。そんなに悲しくない。今は何とか充実した人生を送っている。
この時代に来て、この人生の終盤に来てこのような充実した人生を感じる事は幸せだ。親を初めとして、周りの人たちに感謝する気持ちを持った時間だった。周りの同年代の人たちが、私と同じ思いで過ごしていたのを感じた。
多くの人たちが、私と同じような時代を送って同じような気持ちを持ってこの3時間を過ごした。暫く終わっても席を動かず、大勢の人たちが居なくなってから外に出た。
 外の広場は私と同じ年代の大勢の人たちで溢れていた。若い彼女と一緒に歩いている私は、ちょっと胸を張った。彼女はほとんど知らない曲を聴きながら、一緒にペンライトを振ってくれた事を思うと、御馳走をしないと行けないと思い、駐車場に向かった。
近隣の駐車場が満車で、近くのイベントホールの駐車場に停めた。多くの同じ会場で過ごした人たちが、駐車していたのでリフト式の駐車場から車を出すのに時間が掛かった。やっと、車を出した時には、既に夜の10時になっていた。奮発してお肉かお寿司でもと思って向かいにあるニューオオタニに入った。
ところが、多くの店はもう終わっているか、クローズタイムまで余裕のない時間だ。バーとか喫茶に近い店舗だけが空いていた。仕方がなく、イタリアンレストランに入った。パスタを注文しようと、店の入り口で立つと会計の客が続く。
 ペンライトの蛍光がまだ点いて、同じ位置で過ごしたと分かるお客さんが沢山続いた。私どもが、駐車場でもたもたしている間に、既に食事が終わっている。彼女は、度々ドリカムなどのイベントで来ているらしいのだが、若者で一杯で、終わると
 「マクドとかで食べるだけ。」
 と、言っていた。
 この地域は、「マクド」だが東京は「マック」だ。
 駐車場から出て来る車は、ほとんどが高級車だった。外車も勿論多かった。私のように、軽自動車は居なかった。駐車場から出して、このホテルの駐車場に入れたが、やはり外車とか高級車両だ。周りに駐車している車は、全部他県ナンバーだった。
軽食だったが、高級ホテルだ。色々悩んだ末に注文した。
 「大きな海老フライと・・・」
 「済みません、大きな海老フライは売れ切れです。」
 本当なのかどうなのか。もう時間はない。
 時計を見ると、10時10分だ。営業時間は11時まで。私もファミリーレストランの店長をしていた事があり、油を冷やすのに時間が掛かる。その事があって、売れ切れと言ったのだろうと思って脂を使う料理は止めた。
 「ビーフカレーとオーガニックサラダと、オーガニック珈琲」
 私はそれを注文した。
 カレー1800円、サラダ1500円、珈琲950円だった。
 急いで食べた積りでも、最後の珈琲を持って来た時には、あと8分しか余裕がなかった。ケーキまでは行き着かなかった。
 「今日は来てよかった。有難う、こんな年寄りに付き合ってくれて。これからは、もっとこんなコンサートに来て仕事を忘れて、興奮しようと思う。また、付き合ってくれませんか。」
 「今度はどんなコンサートの来るの。」
 「まだ、分からないけれど。さだまさしとか松山千春とか。今度は早めにチケットを注文していい席をとろうと思う。」
 「いい席は、先行発売で会員とか登録とかしないと。一般よりひと月くらい早く発売しているから。」
 それもまた面倒だなと思ってしまう。
 11時過ぎにホテルを出た。
 漆黒の中を迷ってしまった。巨大な公園の中にあり、夜は暗闇と化する一帯とオフィス街と隣接している。日曜日なので、辺りはひと気が無い。迷いに迷って、やっと幹線道路に出た。思わず、今日の名残があり歌を口ずさんだ。
「あの素晴らしい愛をもう一度」「戦争を知らない子供たち」「悲しくてやり切れない」そして、「木綿のハンカチーフ」だ。
さぞ、運転してうるさかったろう。やっと見覚えのある街並みに戻って来た。ケーキを食べ損ねたので、コンビニでアイスクリームやエクレアを買い求めて、お礼とした。
 今日は、事務処理がある程度片付いたので年表を進めた。来年6月の10周年記念式典にみんなに配る、会社の歴史だ。その為に、記録を読み返している。そのまとめを、ホームページに掲載している。1回あたり原稿用紙1枚半くらいで既に50回を越えた。しかし、まだ2000年7月までしか行っていない。


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