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トップハート物語(3406)立志伝敢闘編
17/03/26
2010年(平成22年)9月中旬。
 ここまで来られた。あの500円を持って仙台を出た時の事を思い出していた。何故か計算をしていた。いつもの事だが、仙台を500円持って出て10年後に千葉県新松戸マンションを購入した。
そして500円から17年後には、現在の家を購入したのだ。そして、30年後にこの会社を立ち上げた。土地や現金預金などの財産は20万倍に達しているかも知れないなんて計算をしていたのだ。
そして、あの時に悲しみを味あわせていた母親を何とか今は支えて、「今が人生で一番幸せです」と言ってくれるまでに、自分も成長できたと、そんな事を考えていた。
 みんなで歌ったシューベルツの「風」。私はこの歌が、自分の主題歌だと思って東京に出る時に何度も聞いていたのだ。衝撃的に心に響く歌だった。その一員に杉田二郎が居た訳だ。山本潤子の「赤い鳥」時代の歌や「ハイファイセットの時代の歌は、やはり響く。
特に「卒業写真」。ガロの「学生街の喫茶店」や「22歳の別れ」の後の太田裕美の「木綿のハンカチーフ」で最高潮に達した。私の結婚した年だが、そのフレーズは都会に出る男性と田舎で待っている女性の悲恋だが、みんなの思いが詰まっている。
私も思わず、手拍子を激しく取りだした。大人しく聞いていたとなりの夫婦、特に男性は眼鏡の下に指を入れて、何度も瞼を拭った。右前方の女性は隣の夫に頭を預けて、ずっと思い出の中に浸っていた。
 私はというと、ずっと夢の中だった。しかし、途中から何曲だったか分からないが、知らない歌が続くとみんなもどんな手拍子を取っていいのか分からなくなって、暫くは我々にとっては休憩となった。
尾崎亜美の歌は、ちょっとフォークソングから外れるので、違和感があり私は静かにしていたのだが、会場は盛り上がっていた。「妹」や「9月の雨」などが流れるが、もう少しヒット曲を歌って欲しいと思っていたが、中々出ない。
3時間を経過して、終盤に差し掛かっていた。ペンライトを点けて、準備を始めた。実は、入場する時に渡されたのだが、その使い方を知らない。振ってもねじっても蛍光が点かない。どうやっても、駄目だと諦めた時に後ろから、
 「強く叩きなさい。」
 と、教えてくれた女性が居たので、その通りにしたら点いた。その後、大きな画面に
≪折る≫
と表示が出て、折って見ると点いた。
 フィナーレが近づく。会場が暗くなり、ペンライト一色になる。1万人が一斉に振り出した。アンコールだ。
 再び壇上に姿を現した7人が、私の一番好きな歌で昨年自殺した加藤和彦の映像を会場に流しながら、みんなで
 「あの素晴らしい愛をもう一度」
を熱唱した。
 私も、大声で
 『命懸けてと誓った日から素敵な思いで残して来たのに・・・』
 と、歌い出す。前の一人で来た女性はずっと体をゆすったり、頭でリズムを取ったり。
 『赤とんぼの歌を歌った空は何にも変わっていないけれど・・・』
 段々と、また感傷的になって来る気持ちを全員が押さえて、スタンディングして、手に持ったペンライトを一斉に振っている。
直ぐ来る終わりの時間を感じながら、名残惜しそうに整然と静かにみんなで歌う。
 『広い荒野にポツンと居るよで 涙が知らずに流れて来るのさ あの時風が流れても変わらないと言った二人の心と心が今はもう通わない あの素晴らしい愛をもう一度 ・・・』
 会場の割れんばかりの拍手に、最後本当の最後に「翼を下さい」を全員で精一杯歌った。
 虚脱感が体一杯に溢れた。感激した。こんな感動を味わったのはいつのころ以来だろうか。精一杯生きて来た。その充実感を、この会場に来て、みんなと味わった。みんなはお互いに知らない、しかし、心は同じ思いだろう。
余韻に浸っていて、こんな素晴らしい時間を得られるならもっと早くこんな時間を作るべきだった、そう思っていた。


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