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トップハート物語(3399)立志伝敢闘編
17/03/23
2010年(平成22年)9月中旬。
その者が今日の面談の中に居た。私が何も言う前に、
 「夫が突然脳内出血で倒れて、脳神経外科に入院中です。私はこの授業に来る前に、6時半に家を出て自転車で50分掛けて病院に行ってお父さんに挨拶して食事介助をして、おむつ交換を自分でして駆け付けて来ます。」
 その言葉を聞き、強く注意しなくて良かった、と思った。
 「先生に初めて話をします。みんなには気を使わないように黙っています。」
 その選択は、自分の意思で決めている。
私が口を挟む事ではない。
 「そんな事をしていると、病院でも看護師長さんがこんな資格があるから、あんただったら仕事になるから取りなさいと言われて、このクラスを教えて貰いました。」
 当社のこの大東市での講座開設は初めてだ。
 また、こわもての男性が在籍している。一瞬たじろぐ様な風体だ。それでも、そんな不安感を持っているようには感じさせないように、正視した。
自分の事を話し始めた。やはり、思ったようにこれまでこの世の中の悪い事はありとあらゆる事をして来たという。しかし、ある時を切っ掛けに、足を洗ってカンセリングを受けた。精神保健福祉士のだ。
継続して受けるようになってから、自分の償いの道を相談すると、福祉施設のボランティアを勧められて、参加した。それが自分に合っていて、その方面で仕事をしたいと相談すると、その日がこの講座の募集最終日になっていて間に合った。
その後、選考と面接日に時間が取れなくて、当社の研修センターで臨時で面接を受けた時の
「面接官に励まされて、ここにお世話になる決心をして頑張っている。」
という話を、30分以上も息継ぎもせずに話をしていた。
 「とにかく今は、グループワークに参加させて貰って同じ目的を持った先輩の話を聞きながら、これからも励まし合って頑張って行きたいと思っていますので、安心して下さい。」
 そんな言葉があった。
責任重大だ。
 2期にはNHKの新人賞も取得した事がある前落語家がいるが、この4期にはある新人賞を獲得した漫画家が居る。
 「うちのカレンダーにイラストというか漫画を使用しているんだが、お宅書いてみてくれるか。」 
 「いや、漫画はもう嫌になって辞めたんです。出来ません。どうしてもというなら、少しは考えますが。」
 その話を聞いて、止めた。
 能力の高いのが分かる方も居た。銀行や建設会社など、一部上場の企業で経理や財務をしていた方で、結婚を機に退職しその後もパートだがそのような職場に籍を置いていた。話と提出して貰った学歴、経歴で話をする前にその能力が分かった。
字は聡明で、当社としても得難い分野の能力を持っている。卒業時に当社に来てくれないかなと、少しは思って面接をした。ところが、その話を聞いていてがっくり。
「親の介護が目的で、仕事としては考えていない。」
という。
現在、介護を施設で受けている親に着いて時々ボランティアで食事介助などの援助をするが、やはり施設から資格を取るように進められて、来たようだ。
 「この2級ヘルパーの上に介護職員基礎研修があるのですが、その講座も当社ではしています。」
 「いや、私には無理です。その気がありません。」
 やはりそうか、残念。
どうしてこの業界には有能な人材は来ないのだろう。
 「内気で、人と話すのも苦手で介護は出来ない。」
という生徒が居た。
私と目も合わさず、常に横を向いて自分から話をしようとしないので、私が話をする他ない。わざとぶっきらぼうに、今までも彼女を知っていたように言葉を投げかけた。段々と打ち解けて来て、目を見るようになった。
訥々と自分の生活を話し始めた。配偶者に突然出て行かれた、残された介護4の親とその配偶者という老親を見ないと行けない。そう言って置きながら、
「トップハートで雇ってくれませんか。」
という。
 「登録なら、本社が近くだから話をしようか。」
 「近くは嫌です。近所の人がなんだかんだというし。」
 「バイクとか車で通勤するの。もう一つの事業所は一つ市を挟んでまた行かないと。」
 「自転車しか乗れません。引っ越します。」
 「親と一緒に?」
 「いや、親は置いて行きます。」
 「だって一人娘だと言ったじゃない。」
 「自分達で何でも出来ます。」
 「だって介護度4でしょう。寝たきり状態に近いんじゃないの。」
 「いや、自分で買い物にも行っているし、散歩にも行っています。」
 「それは出鱈目だ。しかし、親を置いて出て行くなんて。」
 そんな話を驚きながら聞き続けている。
 10月から始まる4期の選考が終わった。今回も定員30名は確保出来た。

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