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- トップハート物語(3392)立志伝敢闘編
- 17/03/19
- 2010年(平成22年)9月中旬。
権力とは凄いものだ。小沢のスキャンダルが週刊誌に暴かれたと同時に、小沢を応援している鈴木宗男議員の収監が決まった。懲役2年だ。完全に小沢包囲網が構築された。力があっても人望が無いという事か。
これまでも、小沢の周りの能力や力のある者は遠ざけられて、今でも力のある者は誰も残っていない。
その顛末とは逆だ。当社は力のある者が残り、無駄な人材は去って行ってくれている。
結果、総理大臣は菅で決まりか。そうなると、日本の経済は本当にとん挫する。私は、一生懸命に働く事になる。暗澹たる気持ちだ。会社でも経済でも、落ち始めたらどん底はすぐだ。
それを立て直すには、私の生きている間は無理だ。小沢は、一生掛けて最後の掛けに敗れ結果的に彼の人生は徒労に終わる、その時が来るのを彼は知っていて待っている。あの顔を見れば、分かる。昨日のニュースの映像の彼の顔は諦めている。
いつもの事だが、山積みになった書類を少しずつ処理していた。電話は全く無かったが、メールが再三飛び交って来た。
朝、キラキラ目の玉緒ちゃんが来て、先日退院して来た利用者と家族の困った内容の報告があった。利用者は四六時中痛い痛いとうめき、遠くに住んでいる家族は24時間対応の体制だが、家庭へ戻る4時間をヘルパーさんがこの日は援助した。
入院中に院内を歩き、転倒し後頭部から出血大変な騒ぎになった。目を離した隙なので、目が離せない。入院理由も、室内転倒で額に深い傷を負い救急搬送。それ以前から、転倒は繰り返していた。
住宅改修やポータブルトイレの使用など提案したが、家族、本人とも全部拒否。
それでいて、薬が主治医の指定通りに出されていなかったり、いい加減な医療機関の対応と利用者家族に翻弄されていた。
その長時間の引き継ぎ時に、ヘルパーの介助が気に入らないと当たり散らしていたという。
「目が吊りあがって、16日までの援助を言ってあるので・・・・」
と言われたと、サービス提供責任者が言って来たが、聞いていない。
家族に確認を再度させると、
「そんなこと言っていない。決まっても居ないことを言う訳がない。」
と、怒っていたという。
何を言っても突っかかって来て不快な思いをするので、私の提案は聞かれてもしない。それまで、何度か言って来たが言う言葉に瞬間に反応して、反論して受け入れる余地がないのだ。
本当は、家族に関わりを持って欲しくない。それが、遠くから来て利用者にも当たり散らしているという。険悪なムードの中で誰だって仕事などしたくない。少しだが、他の事業所を使って貰うかケアマネジャーも交代しようかなどと考え始めた。
その利用者の件で、何度もメールで問い合わせがあった。それも、私直接ではなく他者を介してだ。
「痛い痛いと言っているが、どうしたらいいのか。」
或いは、
「今まで飲んでいた痛み止めの薬に加えて新たに貰った薬を飲んでいいのか。」
又は、
「便が出ないと苦しんでいる。夜寝る前に飲む事になっている、排泄促進の薬を今飲んでもいいのか。」
「薬を飲む時に、一緒に何か食べないと行けないのか。」
「痛くて眠れないので、今飲んでいる精神安定剤に加えて睡眠薬を貰う事が出来ないのか。」
「今は車いすで室内を移動しているが、歩行器を借りたいが、いつ借りられるのか。」
「住宅改修で手すりを付けて貰っても、取り消しが出来るのか。」
それぞれ、別々の質問で答えるのも嫌になってしまった。
薬の事など医師に聞けばいい。我々素人など分かる訳がない。我々やヘルパーさんには目を吊り上げて文句を言うが、家族同士や医師などには何も言えないのだ。
何度も聞くので、医師に電話を掛けさせた。
『それほど痛いなら、同時に使っていいと言われた。』
その医師に、私が聞いた時には
「高齢者だし、きつい薬を使用するのは危険です。これ以上痛みが治まらないなら、麻薬やモルヒネを使用する他ない。」
そう答えていたが、家族が聞くと違う事を言う。
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