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トップハート物語(3388)立志伝敢闘編
17/03/17
2010年(平成22年)9月上旬。
 同行した家族が色んな話をするが、返事をしない。そう言えば、挨拶しても返事もしないし、顔もこちらに向けない。家族が聞いていないと思って、話を止めると
 「聞いていますから続けて下さい。」
 そう言って、何やらパソコンを操作している。
 他の病院を紹介してくれと、言いながら以前掛かっていた総合病院を名指しした。それに余り返事をしないので、例の薬が無くなった事を聞いた。
 「どうして、痛みが治まっていたのにその痛み止めを止めたんですか。」
 「痛みが無くなったからです。」
 「そんなバカな。3年も飲み続けて痛みが治まっていたんでしょう。薬が効いていたからおさまっていたのに、それを止めてからまた痛みが起きて来た。おかしいでしょう。聞いている薬をどうして止めたのか聞きたいんです。」
 と、私がケアマネジャーだと自己紹介して返事も顔も見なかったので厳しく追及すると、
 「それはどうも済みませんでした。直ぐに出しますから。」
 そう言って、手続きを取った。
 紹介状を作りながら
 「その話をすると時間が掛かりますから、いいですか直ぐにその総合病院に行きたいんですね。その話をすると随分遅れますが良いんですか。」
 と、訳の分からない言い方をする。本当に医師ってバカだ。
 大元の病院に紹介状を書いて貰って、
「痛がっているので予約を取ってくれ。」
と言うと
 「私が電話を掛けて、他の日日になってしまっても良いんですか。それだったら、予約なしで行った方が良いんじゃないですか。」
 そんな訳の分からない事を言う。 
 会計を待っていると、ケアマネジャーだけ来てくれと院長室に呼ばれた。再度、その痛み止めが何故出なかったのか説明をした。他の病院との兼ね合いだという。
 「どうして、最初から救急搬送の時にカルテが揃っている大元の病院に行かなかったのですか。」
 そう言われてみればそうだ。
その地域一番の総合病院に何年か通っていて、地域の医療機関に紹介されたのだ。その紹介された病院か幾つか変わってしまった。しかし、その地域医療機関を紹介される時に何かあったらその総合病院で対応するからと言われていた筈だ。
通院サポートを独占して家族4人で来て、買物や食事など利用者のお金で賄って帰るということしか頭になく、とんでもない結果になってしまった。
 その病院から車で30分して、10時過ぎに大きな総合病院に着く。直ぐに
「体中特に背骨と腰が痛い。」
というので整形外科に行った。
大勢の患者が待っていて、結果的に受診出来たのが12を過ぎた時間だった。その入院していた病院でレントゲンを撮った筈なのに、受け取って来なかったので再度レントゲンを撮影してからの診断になった。
その時点で、既に1時近くになっていたので2時からの予定も、新人ケアマネジャー宏美さんに一任して私はこの通院付き添いに専念した。
 やっと診察が終わると、どうやら骨全体が薄くなり背骨全体で正常な骨は全く無いとの診断だった。それからの痛みが来て居て、カルシュームの薬を投薬する方が、痛み止めを施すより効果的だとの診断だった。
しかし、応急的に今まで飲んでいた痛み止めをその病院を出る時に服用したが段々と効き目が出て来て、穏やかな顔と会話が出るようになった。
 やっと3時に診察と治療が終わり、数年前最初この病院で痛み止めの処方をしてくれたので、その薬に戻して対応する事で終わった。
どうして、この病院から処方された精神安定剤などの薬を変えてしまったのか。その家族に聞かないと分からない。3時半に自宅に戻って来たが、家族は当然のようにふるまっていた。途中途中で、介護の準備をするので時間などの連絡が欲しいと言っていたのだが、その時点でまだ決まって居なかった。
やっといわれた時間が変更になり、夕方また言われた時間がまた変更になり。それに、住宅改修の決まった内容を変更して来たり。
 4時過ぎにやっと昼食の席に着いた。最近、ほとんどこのように1日中対応する事はなかったが、ちょっと病院の対応がひどかったので結末を見たかった。まだこんな時代遅れの対応をしている病院が、それも総合病院だ。
退院時にソーシャルワーカーらしい人が来て、家族に
 「ここに必要な書類が入っていますから。」
 と、言って何も質問も受けずに立ち去って行ったという。
 患者側の無知も行けないが、強い立場の病院がこんな対応をするんだと呆れ果てた。家族にも、私たちに対するクレーマーの対応が出来るなら医療機関にも同じようにしないと、と思った。

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