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トップハート物語(3387)立志伝敢闘編
17/03/17
2010年(平成22年)9月上旬。
 利用者が室内で転倒しているところヘルパーさんに発見されて救急搬送されて入院した総合病院のソーシャルワーカーから情報提供の依頼があった。その病院の対応は、驚くほどの対応だった。緊急入院してから、主治医と家族が会うまでに1週間を要した。
 「このまま在宅復帰しても、独居だし訪問介護は24時間対応が出来ないでしょう。施設を考えて下さい。」
 そう言われたと家族は言う。
 それを拒否して、
 「ヘルパーステーションは何度も対応してくれるし家族が交代交代で泊まるので早く退院したい、と返事すると2週間は退院できないその後リハビリが必要だと、それだけであとはずっと面会を求めても主治医は会ってくれませんでした。」
 そんな事を聞いていたが、その後家族が交代交代病院で看病していたが、四六時中利用者は痛い痛いと泣き叫んでいたが、幾ら頼んでも処置をしてくれないという。そのあと、私が訪問して
 「入院計画書にある疼痛管理とは何をしているのか聞きなさい。」
 と言い、看護師に聞くと
 「何かしていると思います。先生に言って置きます。」
 と言いながら、この日から痛み止めが食事毎と座薬が処方されたという。
 やっとその日から、眠れるようになったのにトイレに行く時に病院の廊下で後ろ向きに転倒して、頭部を強打し出血が激しかったという。
その後、私がソーシャルワーカーから経過等の資料を求められて、カンファレンスを求めたが遠まわしに拒否された。
 「カンファレンスを開かなくても、退院時には必要な退院後の処置などの情報を送ります。」
 と言いながら、全く何も無く私が届けた直後に家族が退院を求めると、翌日退院となった。
 家族は、私のたちの業務に対して寄ってたかってクレームをつけ、病院が替わっても連絡も無く、通院時に診察で言われたことなども教えてくれない。
だから薬についても、誰も知らずその通院を担当している家族しか知らないという、状態だ。関わっている家族が多く、大事な場面になるとバラバラで責任を押し付けて、介護に対するクレーム時には団結するという家族だ。
 情報をそのソーシャルワーカーに報告するのに、必要な医療情報を聞こうとすると、
 「何でケアマネジャーにそんなに細かく報告しないと行けないんだ。」
 と、言われるが、退院の要求をしたり院内転倒をしてその管理追求は全く出来ずに、私の助言で何とか行く状態だ。
 今回の事があり、やっとお薬手帳を見せてくれたが、体の痛みを訴え出した頃から出ていた痛み止めの薬が無くなっていた。その点を、家族の中で通院を一手に行い情報を出さない家族を他の家族を通して追及すると
 「分からない。」
 と言いだし、最後には
 「こんなに一生懸命にやっているのに、言いがかりをつけられたのではたまらん。もう俺は遣らない。」
 と、キレたらしい。
 自分達でするなら最後まで自分達でして欲しいのに、大事な事は遣らずに丸投げして知らんふり。
 私が土曜日にソーシャルワーカーあてに情報等を届けた。
日曜日に、
 「退院は言えばすぐ出来るが、戻って来た後の対応をどうするか決めて置いて欲しい。」
 そう言ったが、その退院後の準備もしないで月曜日に家族が退院の要求をすると、即退院となった。
 戻って来たはいいが、その日からどうするかが家族同士で押し付け合って、纏まらない。四六時中痛みを訴えて、止まない。夜間もずっと痛みを訴えていたという。残った家族が寝ずに対応した。
数十分お置きに尿意を訴える。SOSがあり、私はその痛み止めの薬が無くなったという事が疑問で、その薬がずっと出ていた。その時は、痛みがなく穏やかに過ごしていたのだ。まず、その病院に通院に行く事とそれまで掛かっていた総合病院に行くことに同意を得て、付き添う事にした。
 介護タクシーとヘルパー同行で出発したのは9時だ。この日の予定が、11時に社会保険労務士との打ち合わせ、14時に地域包括支援センターで虐待の報告がある利用者についての検討会があるのだが、まず11時の予定をキャンセルした。
自宅に着くと、両脇を抱えられて足も曲がって支えられない状態の利用者が、痛い痛いと言いながら乗り込んで来た。最初の地域の病院に行った。主治医という立場だ。不思議なのだが、1時間その場にいたが一人として患者は来なかった。
小綺麗な病院なのに、何か問題があるのだろうか。これまで、朝一番から患者が居なかった病院は初めてだ。

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