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トップハート物語(3385)立志伝敢闘編
17/03/16
2010年(平成22年)9月上旬。
「ケアマネジャーに何でいちいち細かい事まで報告しないと行けないの。」
 と、家族から言われて中途半端な対応しかできない利用者が、明日退院するとの報告があった。
私の介入を拒んで置きながら、何かと言うとケアマネジャーの仕事振りにクレームをつける利用者家族。入院して、昼夜を違わず
「痛い痛い。」
と言って泣き叫ぶ利用者になすすべも無く、病院に泊まったりして疲労困憊な感じだった。
 「早く退院して家で見たい。」
 そんな事を私に話をするのに、病院に対しては何にも言えず。
 2週間入院して、その後
「リハビリをします。」
と言われていた。
 その前に、痛い痛いという言葉を聞くのが辛いという事なので、病院に行って入院計画書を見た。疼痛管理と明記してあるがどうも何もしていないという、家族の報告があり、その点を聞き質すように言った。それを聞くと、
 「曖昧に何かしていると思いますが。」
 と、はっきり言わなかったという。
 しかし、その言葉を言った日から、突然食後に最初は看護師の一存か解熱剤を服薬して、痛みが治まってスヤスヤ眠ったという。
その後、痛み止めや座薬を使用して、
「痛い痛いという言葉は収まった。」
という。
今度は、
「眠れない。」
というので睡眠薬を使用した時に、
「夜間起き出して廊下で転倒して頭を打って出血がひどかった。」
という。
その事を確認に行くと、シーツが血だらけだった。そんなひどい管理があるかと、家族が何もせず言わずに
「早く退院させたい。」
ばかり言うので、
 「完全看護の病院内でどうしてそうなったのか、今後、頭の事だから何が起こるか分からないので、ちゃんとした診断書なりそのような事故があったという書面を貰うように。」
 そう指示したが、ケアマネジャーの私には文句を言うのに病院に対しては中々言わずにいた。
しかし、私の後押しを受けて
「今日病院の相談室でソーシャルワーカーに言った。」
といいう。
 「最初は渋っていましたが、高齢者なのでこれからどうなるか分からないので、書面にしましょうと言ってくれました。」
 との報告があった。
 「直ぐに退院は出来ます。月曜日に言えば火曜日には退院出来るでしょう。退院は出来ますが、問題は受け入れ態勢です。完全看護の病院でも転倒して怪我をしています。入院した理由も、夜間トイレに行く時の転倒です。広い家で端にある手すりは何の役にも立ちません。家の中心を歩いてトイレに行くのですから。遠いトイレを使用せずにポータブルをと言っても受け入れてくれません。夜間の移動の対応をどうするか、それを家族で話し合って受け入れ態勢を整えてくれないと、同じ事が続きます。今度そのような事があったら、2度と戻って来られませんよ。」
 そう言って合った。
 私が言った、月曜日に要請したら火曜日に退院できるはその通りになった。家族はただただ、家に帰してあげたいとの気持ちが強かった。それが実現する喜びがあり、
 「みんな喜んで、本人も喜んでいます。本当にありがとう。」
 と、私が土曜日に医療ソーシャルワーカーに届けた手紙が功を奏した事を感謝された。
 しかし、何度も言うように、今後どうするかが問題なのだ。特に夜間の対応をしっかり決めておかないと、大変な事になる。
「それを決めてから退院を。」
と言っていたので、ヘルパーの対応をどうするのか確認したが返事が無かった。
「これから親族が集まって決める。」
という。
親族が集まって決めるが、
「その処にケアマネジャーは来ないのか。」
と聞かれた。
何事も、病院の変更や薬の変更など、何でもかんでもケアマネジャーに何の報告も無く勝手に親族同士で決めているので、そんな中に入る積りはないので
「決めてから連絡を下さい。」
と何度も言う。
それに、私はその退院時は講習を担当している。
 その家族の問題は、それぞれの勝手に別々に行動を起こすのだ。今回の注意点は、薬が途中で無くなっているものがある。ずっと継続して使用していた疼痛に対する痛み止めが7月に1月分出ただけで、ストップしている。
5種類の薬が出ていたが、その1種類だけが8月時点で無くなっているのだ。その無くなった頃から、利用者の体が痛み出して眠れなくなり、苦しむようになった。体調が悪くなり、食欲も無くなりフラツキがあった。その延長で転倒した。それを管理している家族が居る。その家族に、
 「どうしてその痛み止めの薬が無くなったのか。確認するようにして下さい。」
 そう言ったが、誰も聞けないという。
 そんな中に私は入る積りはない。

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