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トップハート物語(3381)立志伝敢闘編
17/03/14
2010年(平成22年)9月上旬。
「ベットを利用するなら、ベットから直線でトイレに行けるような位置にベットを動かして。そこからバーの移動機器を設置して、そのバーに布団を干すように並べてそこを通って行く事にする。無意識だってその道を通るから転倒しても大丈夫なようにすることも一つの案だ。転倒する事を防ぐ事が第一考える事だ。家族がいくらいいと思って手すりを付けても、それを利用しないと始まらない。待つのではなくて、そのようにするように訓練しないと。」
 そんな話もした。
 病院に行くとソーシャルワーカーは不在だった。情報を預けて、病室に利用者を見舞った。何か隣の患者に見舞いに来た人に、
 「お願いします。お願いします。」
 と、懇願している。
 家族と一緒に訪問したのだが、家族が
 「私を覚えている?」
 と、聞いたが分からんと言う。
 ここに来て、1週間で認知症が進行したかとショックを受けた。家族が自分の名前を言うと、やっと分かった。そして、同時に私を思い出した。
 私が居た10分間の間に、四六時中痛い痛いと泣き叫ぶ様に、体を動かしていた。どうもおかしいので、入院計画書を見せて貰った。その最初に、疼痛緩和と書いてある。しかし、家族の話でも本人の話でも痛みを和らげるような処置はされていないという。
家族に
 「ここに疼痛緩和と書いてあるので、何をしているのか聞いて下さい。」
 そう言い残して、病室を出た。
 夜、家族から電話がありそのように看護師に聞くと
 「何かしていると思いますが、と言うだけでした。」
 そして、解熱剤を疼痛を和らげるために飲ませてくれて、初めて眠ったという報告があった。本当にこんな病院早く出ないと危ない。これからリハビリをすると言っていたようだが、自宅でみたいという家族の思いをちゃんと告げるように忠告した。
家族が、ひとまとまりになっているのなら幾らでも労をとるが、問題が発生した時だけ動いて文句を言われたのでは堪らない。今回の、ソーシャルワーカーから言われて情報を届けるにも医師の変遷や薬が何を服薬しているのかさえも分からない状態だ。
 4時に、第Ⅱ期の受講生が相談したいことがあるというので、近くのSC内の高級喫茶店で待ち合わせした。ゆっくりと話が出来るから、そこが良いだろうと思ったのだ。
事前に、起業の話だと聞いていた。助言はいくらでもするが、主体には成れないと前に話をしていた。丁度私がこの世界に入った時と同じ年齢なので、触発されたという男女二人だった。
二人とも、私が面談をした中でもし余裕があるなら採用したいと思っている二人だったので、出来るだけの事はしたいと思っていた。女性が話し始めた。
 「男性が意欲的で、私も佐藤さんのホームページに掲載されているブログを読んで自分達もやってみたいと思って相談させて頂きます。」
 そうして、男性が引き取った。
 「私は実は、鍼灸や鍼の免許を持っています。それを主体に開業して、彼女の持っているものと融合させて、一緒に遣ろうという事になって。」
 それを引き取って、彼女が資格を書いたメモを見せながら言う。
 「これを使って、広めて行き行く行くは訪問介護を開設したいと思っています。どうかご協力を。」
 と言う。尽かさず、彼女は付け加えた。
 「ラブと宗教が絡んでなければと条件を付けました。」
 笑ってしまったと同時に、自分のポリテク埼玉時代を思い出して心ここにあらずの瞬間が僅かにあった。
 理念や経営方針や、借入の銀行などの資料を出して説明を始めた。それについて、
 「文章や借り入れなどはいくらでも出来る。問題は、どうやって収入を得るのかだ。」
 男性は、それに対して自分は優れている鍼灸師で、学校でも残るように言われて、いざとなれば先生などが応援してくれるという。

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