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トップハート物語(3374)立志伝敢闘編
17/03/10
2010年(平成22年)9月上旬。
 商工会議所の相談員に連絡をしたが外出中。連絡を取って貰って、相手先が分かり大学の産業研究所だったので、その責任者と連絡が取れた。観光ビジネス科教授2名が対応するのだが、中旬になったら時間が取れるという事だった。
中旬は、私は職業訓練でその週の全部の日を朝から夜まで関わる必要がある。中旬以降になりそうだ。
 大手施設の施設長から何度か連絡を貰ったが、出る事が出来ず私が掛けると相手が出ない。やっと夕方話が出来た、
 「当施設とグループホームなどの施設が、今度無資格者を採用して仕事をして貰って教育しながら資格を取得させることになり、ハローワークに申し込みをしていました。その教育機関に佐藤さんの養成校を指定しました。ついては、何人かハローワークから紹介がありましたのでヘルパー養成のリーフレットを頂けないでしょうか。」
 そんな話を頂いて、感謝した。
 今日職業訓練第Ⅲ期の新たな教室を開校した。定員30名を確保して、初めて介護職員基礎研修ではなく3級ホームヘルパーにした。開講日に50代男性社員2名が行くと言っていたので、
 「なぜ、開講するだけの仕事に男が二人も掛かる必要があるのか。」
 そう言っていたが、あれこれ言うので面倒だから諦めていた。
 ところが、嘘つきせんと君一人が訪問介護事業所から介護タクシーの運転を大量に依頼され行けなくなり
「一人で対応します。」
と報告があった。
そんな事当たり前で、何を軟弱な事をしているんだと納得した。嘘つきせんと君はあれから、徐々に仕事を増やして行き、先日私も納得する利用者への対応と聞いて少しは嬉しく思った。
6,7年前に小さな5歳のお子さんを私が担当した。通学介助だ。お母さんが妊娠したので、出産を終えるまでという条件で特別に許可が下りたのだ。対応した最初の頃は、抱っこしたりして支援学校のバスが来る停留所まで行っていた。
可愛い大人しい子供さんだった。みんなのアイドルで、誰もが対応したがったが別れの時は早かった。それから、6年。既に11歳になって居るという。その彼の親から、再び移動介護の依頼があった。
当社の真摯な援助を覚えていてくれたのだ。嬉しくなったが、その援助するヘルパーは、嘘つきせんと君になったという。大人は駄目だが、きっと彼は子供だったらいいだろうと私も思った。
 その嘘つきせんと君が、その報告に来た。研修関係も対応させているので、
 「10月から始まる職業訓練の集まり具合はどうだ?」
 「いや、余り良くないです。」
 「昨日はどうだった。」
 「昨日の申し込み者は無いです。ゼロです。」
 「そんなことないだろう。午前中に応募者があったとセンター長に聞いている。」
 「センター長と打ち合わせをして確認してみます。」
 「だってお前は今ゼロだったと言ったろう。」
 「済みません、昨日は休みで分かりませんでした。」
 「何でそんなことまで嘘をつくんだ。ところで、俺の担当が明日だが教科書を貰っていないけれどどうなっているんだ。」
 その教科書も、夕方まで間に合わずあす朝に貰う事になった。
 20日から、本社で新人男性を採用した。25歳と若いが遣れそうな気がして、30日に20日に遡った正式契約して31日まで出勤という事を想定して日割りで給与を振り込んだ。
その振り込んだ31日に、彼は休んでいると知った。大東本社管理者の報告では、
 「喘息が出て、1日入院したら治ると思うので明日は出ますと返事がありました。」
 そう言って来た。
 それにしても、間が悪い。ちゃんと31日分まで支払っているのに、その31日に休む。今月は、20日から入社で12日稼働日数に対して6日しか出てない事になる。
「半分しか出ないのは何故なのか聞きたいので、連絡をくれるように。」
と、大東本社管理者に連絡したが、全くこの日は連絡が無かった。
 その男性社員と入れ替わって退職した男性社員が、この日朝一番で来た。何事かと思ったら、これからも何かあったら手伝うという事と請求関係を引き継ぐのに来月5日と6日大東本社に行くという事だった。その時にも、
 「実際に就職活動をしてみて分かるが、前も言ったようにNPOの指定を受ける積りなので、その気があったら来るように。」
 と、言って帰した。
 夕方、スーパー銭湯に入ってすっきりしようと思って行った。あまり効果は無かったが、それでもさっぱりした。
事故に遭遇した管理者から電話があり、当分休暇を取る事になった。

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