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トップハート物語(3369)立志伝敢闘編
17/03/08
2010年(平成22年)8月下旬。
 7時に、大東本社男性サービス提供責任者が来た。今月末で退職を申し出ている。退職願を既に受理をした。先日、
「自分は、言葉に表わす事が出来ないので。」
と私への感謝の気持ちを手紙形式に綴って持って来た。
その彼が、朝一番で何が言いたいのかといぶかしげに彼の言葉を待った。
 「また、会社に戻りたい訳じゃないのですが、自分勝手に退職する事になって迷惑を掛けました。今後も、何か自分で出来る事があったら言って下さい。」
 「いいか、これから就職口を探すと言っていたが就職活動をして見れば分かる。出来たばかりのどこか小さな訪問介護に行きたいというが、そんなところで男性の就職口なんてある訳がない。あったとしても正社員なんて無理だ。お前は、依怙地だから口で言っても分からない。経験してみればよく分かる。その間、アルバイトしたいというならお願いしたい事があるし、前にも言ったようにこれから軽度者の家事援助や独居世帯の生活援助はNPOにさせると方向が決まりだした。その指定を当NPOは受ける積りでいる。その関係の仕事をして欲しいと言っている筈だから、準備はしておく。戻って来ても受け入れ先がある。お前は問題を起こすが真面目だから。」 
 そう言って、受けた。
 彼は、担当していた研修の問題の責任を取って退職を申し出ていて、再度介護の事が分からないので、立ち上げの時から関わりたいと退職してからの展望を言っていた。
立ち上げをしたばかりの事業所が男性社員をどうして採用するのか。世間事が分からないので、実体験すればいい。
 9時半、約束の時間に退職する彼の代わりの新人男性社員が来た。25歳で介護福祉士だが、介護の経験は無い。介護福祉士養成校に通学している時からアルバイトをここ数年で急速に伸びた全国展開をしている回転すしチェーン店でしていた。
卒業と同時にそのまま社員として入社。24歳にして、エリアを統括するマネジャーとなった。その経歴は眉唾かなと思ったら、ある程度裏付けが取れた。しかし、彼はある一定の年齢からこれ以上継続勤務は無理だと悟った。
つまり、若いうちの使い捨てだと。包括の固定給だけで、超過勤務などの手当ては何もない。責任はあるので、休めず深夜まで働く。ついにリタイア。
 しかし、仕事がない。やっと、3年前に取得した介護福祉士を生かす道を探す。当社に縁があり、採用する。以前の会社の半分以下となった給与にも満足しているようで、すしチェーン店を辞めた理由を聞いた時には
 「その会社は、私たちを人間らしい扱いをしなかった。」
 と、言い放った言葉に違わない対応をしていると管理者から報告があった。
若い割に、受けが良いと。その彼と、正式契約を交わす為に来て貰った。
 「自分の希望としては、いくら欲しいんだ。ざっくばらんに言って欲しい。ただ、基本給は変わらない。以前言ったように、それだけ欲しければそれだけのシフトを作る。つまり、働いて稼いでくれという事だ。」
 「行く行くは、20万円欲しいと思っています。」
 「手取りだな、それだったらそのように管理者に話をする。休日は、取り敢えず週休2日になっているがそれはどうだ。」
 「週休2日は守りたいです。朝早いとか夜遅いとかはいくらでも構いません。」
 「休日の曜日はいつでも構わないか。」
 「それは全然構いません。」
 我々の時だと違って、やはり休日が欲しいのか。そう思ったが、時代が時代だ。
 彼が戻ってから、キャリアパスの最終書類を作成して書留で役所に送った。同じイオンSC内にある主治医の内科に行った。
定期健診だ。血液を採取して貰って、検診を受けた。概ね問題なしというが、混んでいるので簡単に行ったのだろう。ここ数日、先生に指摘される太った体質を何とか変えようと努力したが効果がない。
何か言われると思ったが、言われなかった。階下の薬局で薬を貰う時にジュネリックを使用するかどうかの説明を受けた。準備してあった薬をそれに取り換えて貰った。
 「1000円程度違います。これで問題が無かったら、それ以降はこの薬を準備します。」
 そう言われた。
 部屋で食事をしたが、何となく体がしゃきっとしない。

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