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トップハート物語(3362)立志伝敢闘編
17/03/04
2010年(平成22年)8月下旬。
朝から、引っ切り無しに社員の訪問を受ける。新事務所に来てから、以前より訪問者が多くなったような気がする。介護サービス提供責任者、新人ケアマネジャー、研修センター責任者と担当者が別々。
そして、時間になったのでNPO法人常勤理事が迎えに来た。僅かに担当が私に残った利用者の新たな病院への診察の付き添いだ。どうしても、一緒に来て欲しいというのが問題がある人物なので嫌だったのだが、負けてついて行った。
ただ、救いは、迎えに来た時に新人ケアマネジャー宏美さんが部屋に居て同行する事になったのだ。何れ引き継ぎをする積りだから。私に残った利用者は、困難事例ばかり幾つかだ。その最たるものは、今日のこの通院に関わる利用者だ。
 これまでの経緯を書くとしたら、何日も掛かる。病院という病院は、全てといっていいほど拒否されている。頑固でどうしようもない我儘で、太刀打ちできない。80歳にして妻の介護をしているので、その事が突き離せない理由なのだ。
認知症とパーキンソン病を患い、両方を良くする薬が無いので、どちらかに偏ってしまう。パーキンソンが治まっている時には、不穏な言動が多くなり物を投げつけたり暴れたり。現在はそれを鎮静する薬を飲んでいるので、パーキンソンが進行して動けなくなって来ている。暫く待って、問診を受ける。
 カンセラーは、掛かっている病院の多さと薬の多さに、当然気付く。この日は、余り動けなくなったのでパーキンソン病を何とかして欲しいと通院して来た。
しかし、この病院は精神障害専門の病院で目的とは合わない。実は、その前は認知症が顕著で毎日夕方から変貌を遂げて暴れまくって、怪我をし始めている夫が堪りかねて、掛かっている神経科の病院に相談した。
総合病院だが、精神科は無く神経科しかない。その前には、大学付属病院の精神科に掛かって居て、パーキンソンをどうにかしてくれと神経科がある他の病院に掛かっている。つまり、片方が治まるともう一方の治療を受ける為に勝手に替えるのだ。
その為に、それまで掛かっていた病院とトラブルになり以後受け入れを拒否される。
 騒いで紹介状を貰い、次の病院に行くのだが時期がずれている。直ぐに行かなくて、現状と合わない紹介状を持って行くのだ。この日も同じだ。昔貰った紹介状を持って来たのだが、全くずれているしヒアリングの段階で呆れ果てられる。
今日は、まずパーキンソン症状が強く出て紹介状に書いてある粗暴になって不穏な行動などとは無縁で、本人は車いすに倒れ掛かっている状態だ。言葉も発する事も出来ずに、無力状態。
当然だが、今は関係ないとの話と、現在掛かっている病院が5か所もあり、薬が30種類くらい出されている。
 私たちが何度も諫言しても、受け入れない夫。薬の管理を申し出ても、
 「私は命を掛けて管理している。どうして管理をお願いしないと行けないんだ。」
 と、怒鳴り散らす。
 30分程度のカンセリングだったが、カンセラーは何度も注意を促し病院を絞る事と要らない薬を見て貰う事を要求したが、いつもの事で返事だけで何の効果も無い。繰り返す事だ。
「薬でこのように進行する事もある。」
と言われても、多分馬耳東風だろう。
暫くして、医師の診断に呼ばれた。私は、カンセラーと話をしていたので新人のケアマネジャー宏美さんを同席させた。そこからが長かった。1時間は裕に掛かって、診察室から出てこない。新人ケアマネジャー宏美さんが途中で出て来て報告した。
 「今はパーキンソンが出て居て、不穏な行動が全くないので、この病院では診る事が出来ないと断られている。」
 ここまではいつもの通りだ。
 それを、どうやら夫が何か我儘を言ってねじ込んでいるようだ。やっと終わって、新人ケアマネジャーが報告して来た。
 「先生から、今のままでは嚥下困難になり肺炎を起こす可能性があるので、現在見て貰っている病院に戻って早急に見て貰って下さい。この病院では、治療は出来ませんし薬も出ません、そんな事を言われていたんですが、その病院の予約をここで取ってくれと言って聞かず、何度も断られていました。」
 予想通りだ。
 迎えに来た介護タクシーは、次があると待ち切れずに帰って行った。
私が、その利用者夫に近づいた。
 「介護タクシーが待ち切れずに帰りましたので、30分後くらいに迎えに来ますので、待っていて下さい。」


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