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トップハート物語(3326)立志伝敢闘編
17/02/14
2010年(平成22年)8月上旬。
実は朝新大阪駅に向かっている最中に、ある議員から電話が来た。就職希望者の紹介だ。その内容は、願ってもない内容だった。介護福祉士養成の専門学校で介護福祉士の資格を取得しているが、卒業して介護の仕事に就いた事が無く全く異なる仕事をしていたという。
20代半ばで若い男性。それも、大東本社が求めていた条件にピッタリだ。研修関係でトラブルを起こした馬鹿な若い男性社員は、本人の希望に応じて、投げやりになった私も認めて大東本来は本社の管理者として異動する筈だった。
その準備もして、引き継ぎが始まったところで、急に嫌だと言いだし退職を申し出て来た。その馬鹿者の当初の退職申し出は7月末だった。しかし、延ばして彼の業務の引き継ぎである研修関係の実績をまとめているところで彼の失策が判明した。
もし、7月で退職を認めて居たら彼に逃げられたと同じで経緯が分からずそれこそ大変な事になっていた。
 彼は、業務を他人に分からないように処理して、報告も連絡も何も無いので、ある時に突然ミスが発覚する。その対処が、大変なのだ。そういった事を続けていては、どうしようもないので辞めさせる事にしたのだ。
大東本社の
「男性社員、それも若い男性社員が欲しい。」
と管理者からの要請があった。
自立支援で、お子さんの援助が多くなり何とかしたいと思っていた矢先だ。経験が無いという事は、実習型雇用制度の対象となり助成金が得られる。それに、介護福祉士を持っているという事は、加算時の条件とかサービス提供責任者に選任できるとかメリットがある。いや、メリットだけだ。
パソコンの操作も出来て、今まで運転を主体とした仕事に就いている。それに、営業職にも就いているので、願ったり叶ったりの紹介だった。後はどんな人物かという事だった。
 携帯電話に連絡をくれるように議員に話をしたが、連絡が来たのが親からだった。この世代は、親がまず話をするのだろう。困った事だが、それもこの世代に合わせないとこれからは遣って行けない。
新幹線の出発の合図があった時に親から掛かって来たので、
 「息子さんから電話を頂きたい。これから新幹線で出るので、目的地に着いたら電話を入れる事が出来るので、着信出来るようにはして置きます。その電話番号に掛けると息子さんに言って下さい。」
 そう言って、出発した。
 旅程途中息子さんから電話があったので、その番号に掛けた。
 受け応えは、まあまあか。腰痛を患っていると聞いたが、それも失業中なので大丈夫だという。バイクも運転出来るし、後は受け入れられる人物かどうかの見定めだ。
すぐに、大東本社管理者にメールした。
 「ぜひとも面談させて下さい。」
 そういう返事だった。
 それでは、会うだけ会うように何時が良いのかと聞く。
「11日だったら。」
という。
相手もそれでいいという。既に、ハローワークに登録しているというから、それも煩わしい手続きの連絡も必要ない。管理者だけではなく、もう一人のサービス提供責任者で、入社して間もない市役所からの彼女の一緒に面談するように指示した。
概ね色んな事が順調に決まり、この出港までの待ち時間は無駄には成らなかった。今まで、本当に危機一髪のところで救われるような人材が現れて来たが、今度も条件にピッタリの人材が生まれるようだ。
 気持ちがこの太陽のように晴れ晴れとして、出港に臨んだ。30分も琵琶湖面を走行し、多景島に到着。それほど広くない島の中を歩いた。岩場ばかりで歩きにくかったが、いい運動になっただろう。
再び30分かけて彦根観光港に到着。タクシーで彦根駅に。駅前のマクドナルドで一休み。1時間ほど休み、駅前のビルの店内を回った。駅前のショッピング街なのに、店員が居ない処が目に付いた。
お中元売り場や喫茶店なんて、誰も居ない。若い奴が、闊歩しているのが目立ちそれぞれの店も本当に10代になったばかりの男女がたむろしているだけだ。確かに、彼女らの服装も化粧も派手で経済効果に貢献しているのかもしれないが、金の出何処はどこなんだ。これからどうやって就業するのかなど、悲惨な彼らの日本の時代を思った。
 やっと来た電車に乗って、帰途に着いた。明るい時間は過ぎて、辺りは暗くなった。1日楽しい時間を過ごした。いつも、ほとんど会社から離れる事が無い私にとって、いつも体の疲労と相談している。
体調が良ければ出掛ける意欲も湧いて来る。残り物の、巻き寿司とおかず少々だけで満足して疲れた体を早く元に戻そうと眠った。


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