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トップハート物語(3322)立志伝敢闘編
17/02/12
2010年(平成22年)8月上旬。
「この教室で知り合っただけなのに安易過ぎる。精神的な絆で結ばれるNPOのメンバーがこの教室で知り合っただけの間柄で大丈夫か。その人なりの事を全く知らずに始めて、収益は誰が稼いで誰がどれだけ受け取るのか。失敗した時の債務の所在はどうなるのか。もう少し検討したらどうか。もう少し身近なメンバーでしたらどうか。」
 と、再検討するように言った。
 彼の質問の中心は、私がどうやってここまで来たのかという具体的な、金額や営業やステップアップに繋がったチャンスの掴み方などだった。彼が時間を気にして終わったのが、4時を回っていた。
 次の女性は30分しかないなと、そう思って迎えた。ところが、その彼女の経歴の一番最初の部分を聞いた途端、その口から速射砲のように言葉が切れ目なく続いた。その職に辿りつくまでの生い立ちや、遠くの地方から出て来た理由やその後の生活。
次の仕事の説明になった時には既に時間である4時半を回っていた。その話も長かった。いくつも仕事を変わっているようだが、3か所目の話の時に5時近くになっていた。その長いユニークな経歴の技術を生かそうと考えて、その話をするとあれほど売り込んでいた実績が、返事として曖昧に変わっていた。
 今までにない経歴なので、何とか売り込みをしたら少しずつ浸透をして日にちは掛かるかも知れないが、面白いと思ったが
 「例えば、メイクアップアーティストであれば利用者のお宅でそれをする事が出来ますか。もし、するとしたら道具を全部揃えて概ねいくらくらい掛かりますか。」
 「今は、以前と違って高級感を出す必要もありません。百金で幾らでもあります。」
 そのあとに、いくら自分は実績を積んで何度も表彰を受けたかとアピールした。
 「バスガイドは何年くらい経験があるのですか。そのような事に関連付ける資格などの構想があるんです。」
 「体を壊して、実家に連れ戻されて。」
 あれこれと引き抜きを受けて、どこでも人気者だったという彼女の歯切れはこの場面で難しくなった。
 「アミューズメントの進行をしていたのは、どのくらいの期間ですか。」
 いつも、中心となって運営していたというので
 「実は、婚活パーティを企画して行こうと思っている。その進行は出来ますか。進行によって決まってしまうものなので、それの適任を探していたんです。」
 それも、はっきりと答えず、有耶無耶に。
 着物の着付けも同様。ある程度の本当の内容を把握できた時点で、
 「それで、これからはどういう方向に進みたいですか。」
 「施設でも、デイサービスでも明るくする事に掛けては自信があるので、そのような機会のあるところで働きたい。これも何かの縁です。天職だと思っています。」
 「分かりました。現在ではその方向で考えて行きますか。」
 「いや、家族とも話をしているんですが、佐藤さんのところで何をしているのか分からないのですが、私が出来る事があったらお世話になったらいいじゃないかと言われているんです。私が出来る事があったら、佐藤さんのところでお願いしたいんです。どうか働かせて下さい、家も近いし。」
 「それはどうも有難うございます。」
 そう言って頭を下げた。
 ずっと終わるのを待っていた事務局の人間が、もう閉まりますと告げに来た。みんなは、やっぱりコミニュケーションに飢えているのだ。もっと少ない人数だったら、何度も話す機会があるのだが何しろ30人で、指導するのは大変な事だ。まだ、半分を超えた辺りだ。
 事務局に、この日までの9月開講分の就職支援の受講生を聞いた。13人だという。30名の枠には遠く及ばない。まだ来週があるが、お盆があり期待出来ない。それでも、最後まで努力をしようと思っている。
募集期間の延長という検討課題もあり、また、定員割れした応募人数だった場合選考をするのかも、決めないと行けない。私は、選考する必要が無いと思っているが、研修センターの責任者はする必要があるという意見だ。
 「選考したら、難しいという者が多いような気がします。ちょっと年齢が高いのではないでしょうか。」
 そう言うのには、理由がある。
勿論収益もだが、60歳以上が多過ぎるのだ。年齢で判断は出来ないが、現実的に就職には結びつかない。
 社員が切羽詰まった感じで、留守番電話に入れて来た。以前、介護職員基礎研修受講時に、実務経験証明書に不備な点があると役所に指摘されているという。
また、研修関係だ。一体どうなっているんだ。担当者に連絡しても、出ない。訳が分からない組織になっては、どうしようもない。

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