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トップハート物語(3321)立志伝敢闘編
17/02/12
2010年(平成22年)8月上旬。
今度は、お局様筆頭サービス提供責任者が来た。同じ日の同じ時間に、お局様筆頭サービス提供責任者も面談をしていたのだ。
こちらも、高年齢で
 「我が強い、ちょっと問題のある方なので、年齢が高いのでと断りました。」 
 「それでいいと思います。遠くて通うのが無理でしょう。パート希望だったですよね。」
 「いや、それが正社員じゃないと、と言うので、年齢が高すぎて無理だと断りました。履歴を見たら、1年以内に何度も職場を変わって。今度も、業務縮小で退職させられたと言っていたので、その対象になるくらいだから、そんな感じです。」
 「今度の職業訓練Ⅱ期生で結構優秀なのが居るでしょう。10人くらいは欲しい人材がいます。」
 「私も講師していますから、引っ張りましょうか。」
 「まだ、卒業の11月までは日があります。もう少し見て、絞りましょう。」 
 「あの、若い20代の男性で社会福祉を学んで来てITで長期間勤務をした奴は、魅力がある。」
 「男性でも真面目な生徒が、何人かいる。」
 「女性でも、いいと思っている者がいますが、先日のガイドヘルパー研修で他の事業所から勧誘されて名刺を貰っている者も居る。」
 「折角だから、引っ張りましょうか。必要な人材を他の事業所に持って行かれないようにしましょうか。」
 「まだ気が早過ぎます。時間があるから、じっくり見極めて、次期の人材を確保して置きましょう。」
 「ところで、お願いしたシュレッダーはどうなりましたか。いつ来るんだとみんなから言われています。」
 「自分が選んで注文すると言ったじゃないですか。」
 「そんなことない、佐藤さんが頼んでやると言ったじゃない。」
 「そんな事言ったっけ。お互いに年だから、健忘症だ。そこのまだ箱を開けていないシュレッダーがあるから持って行って下さい。」
 再び机に向かったが、もう11時半を過ぎていた。
 午後の予定の資料を作った。介護認定区分変更を出した件について、どうしても介護度を上げておかないと急激な体調変化があり、自費が拡大する。今でも、自費で3万近くの負担を行っている。
寝たきりになり、食事介助が必要になった。移動が出来なくなって、排泄介助やおむつ交換が必要になった。独居なので家族が泊まり介護をするようになった。介護制度で出来るのは、サービスの提供と介護者の負担を軽減する事だ。
その側面からの援護で区分変更で2段階は上げたいと思っている。その気持ちを、ストレートに表す事は出来ないので、主治医が意見書を書く時点でのサポートとして、変化があり日常生活の金銭と体力の負担大変さを訴えた連絡票を作成した。
 直ぐに部屋に戻り、食事もソコソコに出た。1時に待ち合わせの利用者が居て、認定更新書類の作成と新人ケアマネジャー宏美さんの顔合わせだ。その人柄の良さがにじみ出ている利用者に、新人ケアマネジャー宏美さんは私に
 「本当にいい人ですね。あのように年を取りたい。」
 と、何度も言っていた。
 私はそのまま、先ほど作成した書類を持って病院に向かった。昼間は休みなので、ポストに入れて研修センターに向かった。2時半から面談あるのだ。職業訓練事業の生徒の面談だ。みんなが楽しみにしているというのに、先日は突然の役所への訪問によって無くなった。
それにしても、もう何度目か知らないがまだ半数しか終わっていない。今日は、2時間あるので5人くらい出来るかなと思って臨んだ。ところが、実際終了を30分延長して5時までにして2時間半で2人しかできなかった。
私は2時間半の間全く休まずに聞き役に回ったような感じだったのに、2名しかできなかった。それほど、彼らは人との話に貪欲になっている。
 最初の男性は、障害者施設で勤務経験があるが施設長との折り合いが悪く、退職したとの事だった。自分で立ち上げる希望を持っているのだが、先立つものが無い。その意欲をどうにか結果に繋げてあげたいと思っていた。
しかし、拙速は禁物だ。私が指導したNPO設立が具体的に行くというのがあった。そのメンバーは、今回疑似で設立したこの生徒だ。それは、危険だと言った。


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