お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(3278)立志伝敢闘編
17/01/21
2010年(平成22年)7月中旬。
 今日は24日に参加する障害者団体の全国大会ボランティア説明会だった。朝一番で事務所を出る為に、仕事も早目に始めた。キラキラ玉緒ちゃんが来た。
「ヘルパーさんの報酬計算が間違っていました。」
と、そのデータを持って来た。
確かにひとりのヘルパーさんの、高齢者介護の計算はしてあったのだが、自立支援の計算が落ちていて少なくなっていた。
今度は、こんな朝早くからと驚く利用者家族から電話だ。私がケアマネジャーを担当していて、あれこれとわがまま言う家族の要望に従って、利用者ためと我慢しながらプランを作成したりサービス担当者会議を開催したり。
そんな時に、病気になって利用者が入院してしまった。間とはうまく行かないのが常で、丁度認定期間が切れて要介護から要支援になった通知が不在の自宅に届いた。
 直ぐに、区分変更申請をするようにアドバイスを行ったがしなかった。退院となって、
「今まで通りデイサービスを利用したい。」
との申し出だったが、今度は地域包括支援センターになる。
その地域包括と契約を交わしたり、私が地域包括から依頼を受けたりと手続きが進むが、入院している最中の認定なので当然要介護と思われるので、暫定とはいえ支援計画書ではなく介護計画書を作成していた。
それでも、暫定で地域包括支援センターは契約書を利用者と結ぶ。ところが、退院すると利用者はその家族が遠方で引き取ってしまった。それでも、住民票は動かさずそのままだから手続きをするのにも、他の事も面倒だ。
利用者家族は、私がそのままケアマネジャーとして担当してくれというのを受けて、継続したがなにしろ遠方だ。デイサービスやショートスティの利用をするのにも、アセスメントもカンファレンスもモニタリングも出掛ける。
 予想通り、要介護となった。引き取ったはいいが、家族、特に奥さんが短期間の間に激痩せをしてしまった。ひと月で6キロだ。私が訪問すると、
 「別に何があるという訳ではないのですが、いつも居なかった義理の親がいつもこの部屋にいるだけで気使いが大変で・・・・」
 と、愚痴を聞いた。
 実の息子の家族は、何を思ったのか折角自立して住んでいた利用者の借家を解約してしまって、住民票はそのままで帰る家も無くなった。私が知らぬ間に、
「妹の家に預けてショート利用と同じ金額を支払っている。」
と言っていた。
折角自立していた、利用者を引き取るとの美名の許に引き取り、帰る家も無くして結果的には邪魔になっているといういつものパターンだ。デイサービスだショートスティだと予約をさせて、ギリギリになって断って来るのにも辟易した。
遠くの施設に情報を届けたり提供票を持って行ったりと、それでも、簡単に断って来る。
 呆れ果てていると、今度は
「有料老人ホームを探してくれ。」
と言って来る。
何件ものデータを持って行くと、
「もっとある筈だ。」
と言って来る。
自分で探せ、と怒鳴りたくなる気持ちを抑えて、データを届け続ける。やっと、決まったのは新人ケアマネジャー宏美さんに引き継いでから。その決まったのは、昨夜でその報告が事務所にあったのだが、既に私は新事務所に移っている。
その事は話した筈なのだが、新人ケアマネジャー宏美さんから
 「佐藤さんにはお世話になったので、お礼を言いたいので連絡をくれるようにと言って来ました。」 
 との報告を受けたが、電話しなかったのだ。
 せっかちな利用者家族は、昨夜私の携帯に直接電話をくれた。私が気付いたのは遅くだったので、今日の朝掛けようと思っていたのだが、掛かって来た。
 「お世話になりました。決まりました。それでも、暫定的に特定施設に入れたんですが、一時的の積りです。佐藤さんにケアマネジャーをして貰う積りで、相手に話をしたんですが駄目と言われてしまって。しかし、また出て来ますので、その時はお願いします。」
 分かりましたと返事するほかない。
 「ところで、お宅の会社のケアマネジャーさんは何人いるんですか。」
 「今は4人です。」
 「そんなにいるんですか。いや、新しく女性のケアマネジャーさんが電話に出たもので、驚きました。全部で何人くらいの人が働いている会社ですか。」
 「140人くらいですが。」
 「そんなにいるんですか。佐藤さんの居る市だけで何人ですか。」
「80人くらいだと思いますが。」
 どうでもいい事だと思ったが、離れるのでもう少しの我慢だと返事をしていた。
 ボランティア説明会に間に合わないと困るので、その電話を切ってすぐに出発した。多くのボランティア賛同者いたが、社員だけに限定した。10名の定員を作った。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報