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トップハート物語(3253)立志伝敢闘編
17/01/06
2010年(平成22年)7月上旬。
ところが、それから3か月。まだ下りていない時に、病に倒れた。それより1月前に、手足のしびれが発生して歩行困難に成ったのだ。ついに、老老介護の負担を軽減する為に暫定でサービス提供を開始した。
申請から9カ月でまだ認定が下りていないのだ。医師の意見書がなされていないのが理由だった。主治医が前と同じ総合病院の院長で脳外科医。その主治医の検診中に脳血管に異常が見つかり即入院。
その前に、認定を早く下して貰う必要があり意見書を書いて貰う為に近所の医院で診察を受けた。その後、ひと月過ぎても下りない為に市に確認しに行った。なんと、その医者は受診させただけで意見書を書いていかったのだ。
その場で、
 「既に病に倒れて入院しているので、その状態で認定受けたいのでまだ、前の主治医に戻して意見書を貰って欲しい。」
 と、依頼した。
その通りにしたのだが、私が行った認定調査は3か月前の状態であり、下りたのは要支援だった。直ぐに、現在の状態での認定を貰う為に、区分変更申請を出したかったのだ。その為の訪問なのだ。
 何度も訪問している、私の顔を見て
 「いつも来る人と違いますね。」
 そう言われて、脳血管障害がある認知症状を併発されているのが分かった。
 早く、区分変更を掛けたかったが、先日やっと9か月も掛って下りたので、地域包括支援センターを紹介した。
事前にその窮状を訴えた時には、
 「下りてから、相談して下さい。」
 と、言われてしまった。
 今度は、
 「区分変更は、月の途中で面倒なので8月1日に申請して下さい。」
 そう言われてしまった。
 手広く自営をしていた人で、今は訪れる人も無く話を1時間ほど聞き入った。その後の訪問する約束があった利用者に、遅れる電話をした。
移動している最中に、障害がある利用者から電話連絡が有り、
 「市の担当者が、ケアプランに言いたい事があるらしいので連絡してくれ。」
 の事だった。
 新人ケアマネジャー宏美さんに連絡させると、
 「市の担当者も良く分からないのです、ケアを増やしたかったら区分変更を出して下さい、と言っていました。」
 何の事か、分からないまま新人ケアマネジャー宏美さんと別れた。
 後からの経緯を聞くと、その利用者の主治医がリハビリを使うように知恵を授けて、如何にも市役所が指示しているかのように利用者が言われるままに振舞ったようだ。悪徳医師には困ったものだ。
その医師が、
「要介護を上げてやるから、うちで受信しなさい。」
と言って今までの主治医から奪ったのだが、要介護度は変わらなかった。
 少し遅れて、人材紹介登録者の面談が2名いた。
 求職者とは思えない、条件の高さで呆れた。訪問介護希望者は、週休2日で月20万円の要求。デイの希望者は、土日祝休みの条件。時間だけ使ったような感じだった。疲れを感じて、部屋に戻った。
食欲が無く、簡単に済ませた。再び出社。疲れている。もう歳だ。そんな事を思っていると、睡魔に襲われた。
 外は凄い雨が降っている。こんな雨の中でも、ヘルパーさんは仕事を休む訳に行かない。大変だ。
妻に、
『たまには姉妹を温泉にでも連れて行ったらどうか』
とメールしたが返事が無いけど、どうしたのか。
職業訓練の授業の一環に、マイケアプランの団体に講義を依頼したが、どうなるのだろう。
 そんな事などを、うっすらと覚えていたが気付いた時には1時間も経過していた。
 座って居るだけで、辛い。時計見ると、まだ、夕方5時半だ。少なくても6時過ぎまでは居ないと、そう思って我慢した。
 社員が、大事な件で相談に来た。残って居て良かっと思った。部屋に戻ったのは、7時近くだった。いつ依頼したのか忘れていた、山形のサクランボ「佐藤錦」が届いた。宮城県出身の私は、隣の県の山形のサクランボは小さい頃の誕生日の時に食べた。
その味を口の中で思い出した。
 横になっても、何と無くいつもと違う疲労だ。

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