お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(3252)立志伝敢闘編
17/01/06
2010年(平成22年)7月上旬。
 それにしても、市役所の余りの怠慢に関係者憤り。末期の方への対応は、我々現場に丸投げだ。
昨日の、医療機関とのカンファレンスに助けられて一応の情報を得られた。再度、利用者を交えてサービス担当者会議を開催する事にした。医療機関の訪問看護師の助言に従って、生活実態を再度把握した。
これまで、夫婦で長年自営をしており税金でも近隣とのコミニュケーションでも地域に貢献をして来た方が、悪性腫瘍冒されて末期となってしまった状態に、複数の医療機関からの再三の強い要請でやっと市は動きだしたという。
長期入院中財産を失って、医療機関の斡旋によって生活保護を受けたのだが、措置で住居を勝手に決めた。その家の造作は何とも言い難い。
 荷物も、前の家に置いてあり、友人が少しずつ運んで来てくれるのだ。使える制度の説明もなく、動くのも困難な状況なのにトイレは和式だ。お風呂も一人では入れないので不自由している。
昨日の状況把握では、遠慮しているのと援助内容をよく分からないので控え目な要望が有った。それを、直接携わっている医療機関の看護師から聞いて、浅墓なアセスメントに反省をした。
この朝は、訪問介護に加えてレンタル事業所も参加させた。住宅改修の要もあるのでその点を重視した。昨日の反省から、こちらから援助の内容を提案させて貰った。それでも、要介護の2と3が錯綜しておりはっきり分からない。
というのも、総合病院の地域連携室が市に確認した認定結果は要介護3だったと報告が有った。しかし、利用者が直接市に確認すると要介護2だという。その認定通知書は、
「住所の転居手続きを取って居ないので前の居住地にある。」
という。
その場所までの移動は、現在の状態では無理なのでどうするかを医師に判断を求めた。
 「簡易式の酸素ボンベを積んで車いす移動なら、体調が良い時であったら数時間の外出は大丈夫。」
 そう言われていたので、利用者の希望を聞きながら役所への手続きなど行いに出掛ける事にした。
 ある程度話をした時に、急に利用者の顔色が悪くなった。
 二日間に亘って、大勢の人間が来てあれこれと言ったので気は張っているのだろうが、手の施しようが無い位に悪性腫瘍が全身に転移している利用者にとっては苦痛の何物でもないだろう。
私も入院して、後から聞くと無意識に折角傍についてくれていた、NPO常勤理事智子さんに
「煩い!」
とか
「放って置いてくれ!」
とか罵声を浴びせたらしい。
静かにして置いて欲しいのが実際のところだろう。
 私どもと新人ケアマネジャー宏美さんは、訪問介護とレンタル業者に任せて外に出た。出ると、訪問介護ヘルパーが10時からのケアに来た。新人ケアマネジャー宏美さんに、
「状態を説明するように。」
指示した。
私は身体的状態を説明するように言ったのに、彼女は経過を説明した。余り詳しい経過は今必要が無いので、再び体の状態やどんなことに主眼を置いてケアをする必要があるのかを、説明した。
それにしても、昨日からだがおもりを背負わされているような重い気持ちになった。無力なのが一番辛い。とにかく、
「介護保険がどうであろうと、制度外のはNPO法人で負担するので出来る限りの援助をするように。」
指示した。
 次は、催促が有り
「待っています。」
という電話が何度もあった利用者宅に向かった。
この方も、市の対応がいい加減なので不幸の中にあった。昨年9月に体調が悪化して、介護保険認定申請を行った。しかし、半年過ぎても認定は通知されず放置されていた。医師の意見書が出ないという事だった。
市は申請から30日以内に結果を通知する義務があるのに、何かあると法律を盾に違反だとかなんだとか言うのに、その手続きがなされない。認定期間は申請した時から最初は半年なので、認定が下り無いまま期間が切れた。
バカバカしい事だが、本人にとっては大変な事だ。
 更新申請をしたのが、半年後の今年3月。
その時に、市役所から連絡が有り
 「認定が下りていない中で、更新申請にするか新規申請にするか選択するのはおかしいのですが、継続するという事で更新申請をしましょうか。」
 そんな話が有った。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報