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トップハート物語(3250)立志伝敢闘編
17/01/05
2010年(平成22年)7月上旬。
これまでの面談で感じた事は、自分の仕事を評価して貰うのではなく、自分がいくら欲しいのかだけしかない。概ね、20万円のラインが有り、それが貰えると思っている。私どもの時代は、一生懸命働けばお金がついて来る、
 「働きに追いつく、貧乏なし」
 と言われた事を実践して来た。
自分に何が出来るかで、何をして貰うかではない事が失われてしまっているような気がした。これでは、就職口は見つからないだろう。もうひとつ驚いたのは、施設への多くの就職希望者が居るという事だ。
数人の募集に対して何回も説明会を開催する施設がある事を求職者から教えて貰った。何十倍もの倍率の名だたる会社もあった。この世界も、ヘルパーが不足していると言いながら実態は大きく二極化している。これからは、社会保険、災害や損害保険など保障が充実している会社と、何も無い会社と分かれてしまう。
 今日の最後の面接者に、悲しみを覚えた。当社の2級ヘルパーの講習が、先日終わった。その男性の受講生だ。帽子を被って現れた。
 「こんな恰好で、申し訳ありません。」 
 「いや、別にかまわないけど、仕事になった時には帽子は取って貰わないと。」
 「バンダナをして、仕事をする訳に行かないでしょうか。」
 「それは難しい。どうして。」
 「実は、頭がズルムケなんです。他人に見られるのがものすごく嫌で、死んでしまいたいくらいなんです。何度も、死ぬ事を考えたんです。他人に馬鹿にされて生きて来ました。」
 「そんなの気にし過ぎじゃないの。俺だってそれに近いし。病気じゃないんでしょう。」
 「他人の気持ちを知らない人は勝手にそう言いますが、外にも出られなくてこんなに白いんです。」
 そう言って腕をまくった。
 確かに全体的に病弱のように白い。その哀れを見せる顔と、私の言葉に対する怒りとも抗議ともつかない真剣な目を見て、私は一瞬ひるんだ。
言葉に気を付けないと行けないなと、自分に言い聞かせた。
 「実習をしてみて、どんな仕事が合うと思いましたか。」
 「デイサービスが一番仕事としては合うと思ったんですが、みんなにこの頭を馬鹿にされて、行きたくなくなりました。そんな頭気にしないで一緒に頑張って行こうと言ってくれれば、私もやる気が出るんですが。馬鹿にされて生きて来たもので、気になってどうしようもないんです。それで、訪問介護の方がいいかなって。1対1だったら、言われてもそうなんですよ、とコミニュケーションのひとつとして使えるかなって。あの韓国のイケメンが自殺しましたが、何であんないい顔をしているのに自殺なんてしたのかと、俺からしたら分からない。」
 そんな話を痛々しく聞いていた。
 何度も自殺を図ろうとした人生を、聞いた。もう話が進まなくなった。今までの彼の経験も、どれだけ生かす事が出来るのかを探ったが、ないのだ。閉じ籠りに近い人生を、生かす道が無いのだ。
 「これからは、馬鹿ですがこの仕事しかないと思って一生懸命に働きます。どんな仕事でもいいんです。もうお金が無いんです。何とかして貰いたい。給与なんて生きて行くだけでいいんです。」
 そう言って、純粋さを感じる目を向けて来た。
 人材紹介業の事務局社員を呼んだ。
 「直ぐに自立支援の管理者に連絡して、仕事を斡旋するように指示しれくれないか。ヘルパーの資格を持っているし、お子さんのガイドをする事も出来る。」
 そして、その求職者に向かって
 「やれるかどうか、当社で仕事をして貰います。ただ、仕事なので出来ないと判断した時には、他で仕事を探します。真剣に、当社の社員の指示に従ってやってみて下さい。」 
 「私は真剣です。この仕事を最後までしようと思っています。」 
 若い彼は、この暗黒の世界から抜け出る事が出来るのか。
社会保障は、あくまでも個人を支える中心的なものではない。自分が有って、その補完として制度化されているのだ。すべての制度が万能ではないのだ。個人を救う事が出来るのは、ホンの僅かなのだ。
彼が、気にしている障害が障害と認められるには、精神的に病んだ時だけなのだ。私は、出来る事ならば彼の力になりたいと思っている。しかし、それは、彼が自立心を持った時に有効なのだ。彼の生き様を、一体いつまで見守る事が出来るのだろうか。経験などを勘案して、正職員と常勤とかは難しいと判断した。その判断が誤りだと反省させるような、成長を遂げる事が出来るだろうか。まだ、端緒に着いたばかりだ。

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