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トップハート物語(3243)立志伝敢闘編
16/12/24
2010年(平成22年)7月上旬。
 彼は、営業をする事が出来るんだと見直していた。これから、人材紹介業も介護保険外の仕事も営業無くして成り立たない。出来るかもしれないと内心思っていた。
 「その後はどうした。」
 「風俗に行きました。」 
 「風俗でお前は何をするんだ。」
 「ウェイターとか掃除とか色んな事をしました。給与も高かったし、直ぐに500万円が溜まりました。そうしているうちに、そのオーナーが実は熱帯魚を入れる水槽を作っているメーカーでも有ったんです。そのオーナーが、風俗店を息子に任せて自分は熱帯魚の小売店も始めたんです。しかし、うまく行かないので、私に移譲したいと言って来たので譲り受けました。」
 「幾らか払ったのか。」
 「払いましたよ。300万円で会社を買いました。」
 「それにしても、赤字の会社に金を払うなんて。」
 「赤字だったので、直ぐに貯めたお金が無くなりました。その上、前から持っていたお金も使い果たして、すっからかんになってビデオ店に入ったんです。そこで、貯めたお金で負債を返して、長く勤められる仕事と思って介護の勉強を始めようと思ったんです。」
 「そこで、どこに行った。」
 「ニチイ学館です。インターネットで調べて行ったんです。16人位の生徒でした。男性が半分位で、誰も就職は決まりませんでした。卒業したら仕事があるような宣伝でしたが、誰も採用は無かったです。」
 「幾らで受けた。」
 「9万8千円位でした。持っていた方がいいと言われて2000円位の副読本や、百金で売っているようなエプロンも2枚買わせられました。」
 「十万円を超えるじゃないか。うちだったら、6割くらいで受けられたのに。」
 「ガイドはどこで受けた。」
 「こちらの会社です。」
 「それはありがとうございます。」
 「それだけの経歴が有るんだから自分に合う会社に行って、実力を発揮した方がいいと思う。うちでは長続きしないだろう。」
 「どうして、男性は長く続かないですか。不思議です。」
 「見ていて分からないのか。能天気だな。女性は見ているだけで、あれほど仕事をして収益を上げているじゃないか。自分もお前の同僚の高学歴男性も、さぼってズルをして如何にカネをかすめ取るかしか考えていない。我慢して、一生懸命仕事をして覚えて認めて貰って給与をあげて貰うなどと思ってもいない。自分の会社だったらどう考える。仕事に見合った給与を支払うのが当たり前だ。それが無ければ、会社はうまくいかない。」 
 「・・・・・。」
 横顔を見ると、汗をかいているようで黙って前を見ていた。
 「そんな男なんて要らない。」
 「介護はやはり男性は要らないのでしょうか。」
 「必要だよ。うちだって男性社員でも4人居るだろう。しかし、仕事があっても仕事をしないから、必要が無いとなる。自分でそれが分からないのか。あれほど、最初は仕事を与えられてやっているものと思ったら、返事だけで嘘ばかり言って、何もしていなかった。その間幾ら払ったと思う。自分の都合や利益ばかり考えて、長く続く勤務をしようなどと思っていない。目先の金だけ手にしたらいいと思っている。」
 「・・・・・・。」
 また、いつものこいつに対する言葉になったと思って、気付いて止めた。
 「もしあれだったら、高学歴社員と一緒に独立して会社を作ったらいいだろう。」
 「とんでもない、そんな気はサラサラありませんよ。」
 「いや、営業も出来るし高学歴は頭も良いし、二人で力を合わせれば何とかなると思う。」
 また、辞める方向の話になってしまった。
 見慣れた街並みが視界に入って来た。
 彼の経歴を聞いて、少しは生かす方向がつかめた様な気がした。
 6時半に戻って来た。部屋に戻って休んでいると、NPO常勤理事智子さんから電話だ。エステに行き、頑張って帰って来た。いつもより化粧がうまくて綺麗だ。このような綺麗な適齢期の若い女性が沢山いるのに、なかなか纏まらない。
甘いものが不足しているとの思いからか、回転焼を何と10個も買って来てくれた。思わず、2個放うばった。
 2000年6月1日、初めての訪問介護事業所開設時も雨だった。その雨の中から営業に出られず、ジッとこれからのプランをノート14ページに書き留めた。あれから、10年。同じ雨の日の旅立ちだ。そして、同じく流れるあの時と同じ、松山千春の「旅立ち」

 ・・私の事などもう気にしないで、あなたはあなたの道を歩いてほしい・・

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