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トップハート物語(3209)立志伝敢闘編
16/12/05
2010年(平成22年)6月中旬。
病院に向かった車の方向を変えた。もう休んでいるし、取り立てて緊急を要する事はなさそうだ。向かっている最中も、行政からの指導が頭にあった。
 「どうしてケアマネジャーが病院に行くんですか。医師などとの打ち合わせなどだったら分かりますが、専門職としての自覚を持たないと。必要なサービスに指示をするのが仕事でしょう。」
 確かに、その為に色々なサービスの知識や開発が必要に成るのだ。
それが、ケアマネジャーの本来の仕事だ。いつでも、使えるサービス事業所を確保していないと行けない。それを考えると、当社のサービス部門は訪問介護としては適切だ。他の居宅介護支援事業所も、当社のサービスを利用しているがその理由が
 「お宅に頼むのは、夜間のトラブルがあると考えられる利用者や毎日援助がある利用者、土日のサービスが必要な利用者だ。夜間トラブルが有った時に、利用者や家族からの連絡先をお宅にして置けば、対応してくれる。毎日入る利用者も、ヘルパーさんが豊富なので穴が空く事はない。土日も同じだ。」
 となるのだ。
 最初私がこの地区で仕事をした時に、ケアマネジャーの仕事を軽減できればいいと思って、一生懸命に行って居た。その精神が、今でも引き継いでいるのが嬉しい。
 この緊急対応に対して、逐一新人ケアマネジャー宏美さんに連絡をメールでしていた。緊急に病院に向かったという連絡に対しては、
 「了解しました。何の為に幾つもの病院に通って居たんですかね。」
 つまり、ひと月前から状態が悪いというので通院をしていた。
余りにやせ細って行くので心配していたのだが、病院の見立ては歳だというのだ。食欲が旺盛だったのが全く無くなり、心配して午前中だけの訪問介護を増やした。夜間を追加したのだ。その追加の判断がこの対応を生んだのだ。
もし、追加していなかったら、翌朝まで倒れていた事になる。そのような、介護の判断に対して、医療での診察結果は、
「入院の必要はない、点滴だけで十分。」
という事になっていた。
毎日、点滴を始めたところだった。
「大腿骨と背骨が痛いと呻いている。」
と聞いて、日ごろ20種類もの薬を出している医療に不快感を持った。
 「あんなに薬を出して、それを何年も飲んでいたから骨がボロボロじゃないのか。それで痛いんじゃないのか。」 
 そう、事務管理者智子さん相手に知識のない私が無責任な事を言っていたが、もう一人同じような薬を20種類も飲ませられている利用者がいる。
 「あの利用者は、認知症で夫が無理矢理飲ませている。病院に薬が多過ぎるのではと言うと、夫がくれと言って来ているので出しているだけだ。」
 そう言って、
 「どれも必ずしも必要が無い。必要がある時に飲めばいい。」
 と平気で言う。
 「あの利用者は、夫が凄い量の食事を口に強制して入れているので体重が重い。同じように、骨が脆くなったら支えられないだろう。寝たきりになる。」
 そんな話をしていたが、その利用者の夫からいつものように連絡が有った。
 先日いつものように、結論が出ない話を聞く為に要望に従って、訪問した。
「お金が掛るので、デイサービスを週3回から2回に減らしたい。介護負担が重いので、その減らした金額でショートステイを利用したい。」
そのような希望が有ったのだが、動かなかった。いつも、その時は希望するのだが直ぐに変更したりして、私のメンツが無くなっているのでギリギリまで待った。予想通り、
 「やはり、週3回のデイサービスを継続して下さい。」
 と、いう事だった。いつも、呼ばれて行くがいつも何の為に行くのか分からない。ただ、自分で問題を起こしているとはいえ、その憔悴し切った顔を見ると冷たく突き放す事も出来ない。話を聞く相手が居ないので、自分の苦労を知って欲しいという感じだ。アピールを繰り返すのだが、私も疲れて来た。
 病院の帰りに、閉まって居ると思ったスーパーが開いていた、牛乳が無くなったので立ち寄った。既に、来月分の3種類の内1種類の食材が届いて本当に冷凍庫が満杯になった。冷凍庫に入れる品物は買えない。牛乳にヨーグルト、豆腐を買った。スイカもあったので、買い込んだ。野菜は、火曜日に百貨店で買うので買わない。
 部屋には、夜10時近くに戻った。相撲界の賭博問題とW杯サッカーがニュースを占めていた。

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